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2020年4月16日 (木)

スペイン・インフルエンザ

およそ100年前に起きた人類史上最悪のパンデミック、「スペイン風邪」。15日付日経新聞記事「忘れられたパンデミック」から、以下にメモする。

それは1918年3月、米国カンザス州の陸軍基地で始まった。インフルエンザの症状を訴える兵士が続出。その後も米国各地の兵舎、学校、工場などで集団感染が発生した。春には世界各地でも同様の感染が見られた。第1波といわれる感染爆発だが、真の発生地は米国以外の可能性もあり、不明のままだ。

ときは第1次世界大戦のさなか。米国から毎月数十万人の兵士が欧州に渡っており、感染者を含む軍隊は「ウイルスの運び屋」となった。5月ごろから西部戦線、夏には欧州全域で感染が広がった。

感染はアジア、アフリカ、南半球に飛び火し、秋以降に世界的なパンデミックになる。第2波である。軽症者の多かった第1波より格段に致死率が高かった。

大戦の総戦死者の6割(約1000万人)が戦病死で、その3分の1がインフルエンザが原因とされており、戦争の終結を早めたといわれている。交戦国は感染爆発を秘匿し、中立国のスペインに関する報道が先行したため、「スペイン・インフルエンザ(日本では一部新聞が風邪と表記)」と呼ばれた。

第2波は12月には収束したが、1919年初頭から春にかけて第3波が襲いかかり、世界をなめ尽くした。各地の死者は欧州で230万人、インド1850万人、米国68万人、アフリカ238万人、中国400万~950万人、日本39万~45万人といわれている。

パンデミックは翌20年まで続いたが、感染者数と致死率は格段に縮小し、季節性のインフルエンザとなった。当時はウイルスを抑え込む特効薬もワクチンもなく、終息は多くの人が一定程度の免疫を獲得したためともいわれているが、確かなことはよく分かっていない。

・・・記事では、スペイン風邪に命を奪われた学者・文化人としてマックス・ウェーバー、アポリネール、クリムトが挙げられている。しかしスペイン風邪と聞いて、自分が真っ先に思い出すのはエゴン・シーレ。クリムトの弟子でもある画家は28歳の若さで病に倒れたこともあり、その特異な画風と相まって、天才の夭折という印象は強烈である。
(しかしスペイン風邪の終息の理由がよく分からないのも不思議だな)

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