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2019年11月24日 (日)

映画「去年マリエンバートで」

映画「去年マリエンバートで」(1961年作品)のデジタル・リマスター版上映を観た。ずいぶん昔、自分がこの映画を観たのは1983年のリバイバル上映。同じアラン・レネ監督作品「二十四時間の情事」(ヒロシマ・モナムール)との二本立てだった。(関係ないけど、ヒロシマ・モナムールというハード・ロックの曲がある。グラハム・ボネットが歌う、割と名曲)

さて「マリエンバート」、36年ぶりに観ても、相変わらずの謎映画という印象。ていうか昔観た記憶は、ラスト近く以外殆ど忘れてた(苦笑)。でも結局これ、お話としては「駆け落ち」の話ってことだね。こういう類の映画を解釈してもしょうがないのかも知れないが、ひとつは約束を巡る男女のすれ違いを見てとれるかも知れない。女にとって一年後の再会という約束は真剣なものではなかったのだろう。しかし、男は約束を果たすために女の前に現れて約束の履行を迫る。男の方が一途で「純情」なのだ。しかも女の態度は、男の本気度を試しているかのように見えないこともない。一筋縄ではいかないのが女の気持ちというものか。
モノクロ映像はスタイリッシュで、画面には静かな非現実感が漂う。この印象から「マリエンバート」を語る際には、マグリット、デ・キリコ、デルヴォーなどシュルレアリスム系の絵画が、しばしば引き合いに出されることになる。この映像に被せて、ナーバスで不安感を誘うオルガン曲が流れ続ける。映し出されているのは、得体の知れない世界であることを暗示するかのように。何が起きているのか、ひたすら字幕を読むしかないので、こういう独白ブツブツ系映画は、吹き替えにした方がいいのかもと思ったりする。でも日本語にしちゃったら、雰囲気が壊れるかな。
結局「駆け落ち」の話を恐ろしく思わせぶりに描いている、それだけの映画といえばいえるかも知れないが、その思わせぶりの描き方を極める(のがいかにもフランス的)ことにより、一つの確固たる世界を構築し提示しているという意味では、唯一無二の映画と評価もできる。

(今年は、「東京裁判」(1983年公開)のデジタル・リマスター版も観たのだが、なぜか自分が昔同じ年に観た映画2本が、36年後の同じ年にリマスター版で現れるというのも、妙な経験だな)

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