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2019年11月 5日 (火)

蘭奢待と信長

先日、東京・上野の東京国立博物館で開かれている「正倉院の世界」展に足を運んだ。休みを取って平日に行ってみたのだが、朝10時に着いた時点で入場まで30分待ちの行列が出来ていて、こういう文化的関心の高さを目の当たりにすると、日本人恐るべし、という感じだ。(同展開催は11月24日まで)

今回の自分のお目当ては、香木の蘭奢待。実は過去、本拠地奈良の「正倉院展」で公開された時に見に行ったことがある。それが1997年のこと。なので、自分的には22年ぶりの再見になる。まあ何にしても、ガラスケースの内部に展示された香木を見るだけでは、当然その香りを経験できないのだから、名香の名香たる所以は実感できないんだけど。

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蘭奢待といえば織田信長。自分は、池上遼一の劇画「信長」で蘭奢待のことを知った。22年前に蘭奢待の現物を見に行ったのも、この劇画の印象が強かったから。信長が天皇の許可を得て蘭奢待切り取りを果たしたのは、天正2年(1574)のこと。以下に「信長公記」(現代語訳)からメモしてみる。

奈良の東大寺に収蔵されている香木「蘭奢待」を頂戴したいと、信長が宮中へ願い出た。3月27日、信長は奈良の多門の城へ出向いた。信長の特使として東大寺へ派遣された者は、佐久間信盛・柴田勝家・丹羽長秀・荒木村重など。3月28日、辰の刻(午前8時前後)に蔵(正倉院)が開かれた。その名香は長さ六尺の長持に収められていた。すぐにこれを多門の城へ運び、お成りの間の舞台で信長に見せた。信長は、蘭奢待を先例にならって一寸八分切り取らせた。お供のお馬廻り衆は、「後々の話の種に見ておくがよい」と言われて、それを見せてもらった。
古くから伝世されてきた香木を切り取ることができたのは、信長の威光によるものである。昔、東山殿(八代将軍足利義政)が切り取って以来、代々の将軍のなかにもこれを所望した人が何人もいたが、何分にも特別のことであるから許可されなかった。我が国でこれ以上の名誉、面目をほどこしたことは、他にあっただろうか。

・・・というような次第。しかし池上劇画が心に残したインパクトは強い。やっぱり「信長」の蘭奢待の話を再読したくなる。

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