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2019年9月 7日 (土)

「東京裁判」は遠くなりにけり?

記録映画「東京裁判」のリマスター版が、先月から各地のミニシアター中心に期間限定で公開されている。

自分はこの作品は公開当時の昭和58年、1983年に映画館で観たし、DVDも持ってるので、内容が変わったわけでもないだろうから、どうしようかと思ったが結局観てしまった。しかし36年ぶりだよねえ。何か自分も長生きしてるなあと感じる。

この映画を観ると、いつも弁護人のブレークニーさんに圧倒されてしまう。東京裁判の開廷から間もなく、彼は裁判そのものの正当性を問う。
「戦争は合法的であり、戦争における殺人は罪にならない。真珠湾攻撃による殺人を罪に問うならば、我々は広島に原爆を投下した者の名前を挙げることができる。彼らは殺人罪を意識していなかっただろう。それは彼らの戦闘行為が正義で、敵が不正義だったからではなく、戦争自体が犯罪ではないからだ。原爆を投下した者がいる! その彼らが裁いているのだ」
ブレークニー弁護人の主張する場面はいつ見てもすごい。すごすぎる。

このほかにも映画の後半では、ヤルタ会談における密約、すなわち南樺太の返還と千島の引き渡しを条件に、ソ連が日ソ中立条約を破り日本侵攻を開始する約束を裏付ける資料を、ブレークニーさんが提出したこと。あるいは、証人として出廷したアメリカ政府高官から、ハル国務長官やルーズベルト大統領が戦争は避けられないことを認識していた(日本の一方的な奇襲により戦争が始まったとする検察側の主張に対する反証)等の数々の証言を引き出したことなどが示される。ブレークニーさん、まさに八面六臂の活躍。

東京裁判というと、インドのパル判事が「日本無罪論」(というか東京裁判否定論)の展開により、日本人から英雄視されている印象があるが、実際の審議プロセスにおいては、ブレークニーさんこそ真のヒーローと言ってもいいように思う。

映画の終わりに、東京裁判終了後の国際紛争や戦争が列挙されるところで、この作品が最初に公開された当時は、まだ冷戦は終わっていなかったことに遅まきながら気がついた。しかも80年代前半というのは、冷戦がぶり返した(ように見えた)時期だった。だから当時は、東京裁判は「現在」と地続きの出来事であると受け止めることができたように思う。しかし冷戦が終わった今日、さすがに東京裁判は遠くなりにけり、という感覚もある。

とはいえ、当然ながら東京裁判は動かせない過去としてあることは変わらない。ソ連は消えたがロシアがある。安倍首相は頑張っているとは思うけど、北方領土が返ってくる可能性は相変わらず低い。それでも彼の地は侵略により不法占拠された日本の領土であることは、ずーっと主張し続けなければならないのだろう。決まり文句のようにいえば、歴史を振り返ることにより、残された課題やこれからなすべきことが見えてくる、ということだ。

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