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2019年2月 8日 (金)

宗教と自由主義のせめぎ合い

日本人は、一神教の宗教観である法としての宗教、政治共同体の絆としての宗教という考え方を理解していないため、国際政治における宗教の影響をうまく捉えられていない――本日付日経新聞「経済教室」(宗教と国際政治、執筆者は池内 恵・東京大学教授)からメモ。

宗教信仰が個々人の内面に限定され、国家や政治への影響力を弱める世俗化と政教分離のプロセスこそが、近代化の主要で不可欠な要素という考え方は広く普及した。しかし現在、非西欧の諸地域が経済発展を成し遂げても、それが世俗化や政教分離に結びつかず、宗教が根強く人々の社会生活と政治を規定し続け、宗教原理主義の台頭を招く場合すらあることが目撃されている。

人間社会の規範は誰がどのように定めるのかという究極の問題に対し、人間を超越した絶対的な神が律法を啓示するのか、それとも個々の人間の理性が自由に思考・議論して規範を発見し合意するのか、すなわち「理性と啓示」の対立は、古代の中東と地中海世界で問題化され発展し、言語で理論化・体系化された。この対立の中でユダヤ教・キリスト教・イスラム教と連なる「セム的一神教」が生まれ、他方でギリシャ哲学を淵源とする科学が発展し、いずれも世界に広がった。

宗教と科学の対立は、中東と地中海世界の政治・社会・経済の発展の不可欠の要素と言ってよく、近代西欧文明もここに淵源を持つ。近代西欧の発展は、個々の人間が宗教規範の支配から脱し、自由に規範を選び作っていくという、人間主義と個人主義の優位に大きく振れた。

これは、近代国家の政治や経済の原則として広まったリベラリズムの根拠である。リベラリズムは、人間が自律した意志で自由に選択する能力を持つという人間観・世界観を前提にしており、宗教を時代遅れのものとみなす世俗主義を重要な要素とする。

米国でトランプ現象が、西欧諸国で移民への拒絶反応が起き、中東諸国で過激派組織「イスラム国」(IS)の台頭や宗派共同体間の紛争が生じるなど、様々な事象の根底には、リベラリズムへの信頼の低下あるいは明確な反発がある。これは宗教の政治への影響力の増大と軌を一にした、同根の現象と見るべきである。

・・・単なる世俗国家である日本は、一神教もリベラリズムも根本的には理解できないのかも知れない。とはいえ昨今の国際政治の様相は、日本人に一神教への理解を深めるよう求めているのは確かだろう。

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