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2018年10月21日 (日)

豊臣武将の駿府城、発掘

駿府城と言えば、徳川家康が晩年を過ごした「大御所」の城として知られているわけだが、その天守台の発掘調査において、家康時代の前の、豊臣秀吉配下の武将・中村一氏時代の天守台が発見された。この土日に現場が公開されると聞いて、本日行ってみました。

Photo

石垣はいわゆる野面積み。写真の奥の方、天守台の部分で調査員の方が、集まった見学者に説明をしている。
天守台の大きさは33m×37m。徳川の天守台が61m×68mなので、その3割程度の広さではあるが、金箔の瓦が大量に見つかっており、豪華絢爛な造りの城だったらしい。
大坂城も豊臣氏の滅亡後に、徳川が当時の城跡を埋めた上に再建したわけで、そのパターンを既に駿府城でやっていたことになる。

今回は発表直後の特別公開。今後は見学路の整備や案内板の作成を行い、11月22日木曜日から通常公開を始める。金箔瓦も展示予定とのこと。

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