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2018年8月13日 (月)

『テンプル騎士団』

テンプル騎士団』(佐藤賢一・著、集英社新書)から、学んだこと考えたことを以下に書いてみる。

 

 12世紀初め、十字軍が奪還した聖地エルサレムで、ユーグ・ドゥ・パイヤンとゴドフロワ・ドゥ・サントメールという二人の騎士が始めた巡礼路の警備・巡礼者の保護活動は、やがてキリスト教世界の評判を呼び、1128114日フランスのトロワで開かれた教会会議において騎士修道会「キリストとソロモン神殿の貧しき戦士たち」、いわゆる「テンプル騎士団」が正式に発足する。中世ヨーロッパの三身分(祈る人:聖職者や修道士、戦う人:貴族や騎士、働く人:農民や町人)から見れば、祈る人と戦う人が合体した修道騎士は超の付く特別な身分であり、十字軍という特殊な時代背景抜きにはありえない存在だった。

 

 イスラム教徒との戦いにおいて、テンプル騎士団は勇猛な戦いぶりを見せつける。なぜ強いのか。神のために死を恐れず戦う「殉教」精神もあるだろうが、修道士は生活の中でまずエゴの克服を求められる。修道会は元々組織がしっかりしており、上意下達の命令系統も明確である。集団行動に適した人々が、よく整えられた組織で戦う。強いのも当然といえる。

 

ヨーロッパ初の「常備軍」と見ることができるテンプル騎士団。その活動を支える「軍資金」となっていたのは、キリスト教徒からの寄付寄進である。この寄付寄進、特に土地を管理運営するために、「支部」がフランスを中心にヨーロッパ全土に置かれる。十字軍運動がピークを過ぎて寄付寄進熱が冷めると、テンプル騎士団は積極的な支部経営に乗り出していく。農地の開発・運営、物資の運搬・販売、金貸し等々、支部を拠点に不動産業、物流業、金融業と、事業を次々に展開拡大していく姿は、まさに「企業体」というほかない。調達資金(寄付寄進)は返済不要である一方、出資者(一般信徒)への利益還元も求められない。テンプル騎士団は、いわば株主のいない株式会社として、組織の維持拡大のため、収益追求の道をひた走る。こうしてヨーロッパ中に事業活動のネットワークを張り巡らしたテンプル騎士団は、軍隊であり事業体であり銀行でもあるという超国家的組織へと変貌を遂げた。

 

無敵の存在感を示すテンプル騎士団。しかし謀略の動きが秘かに進行していた。当時のフランス王フィリップ4世は、自らの権勢伸張を目指して、まず教皇との権力闘争に勝利する(1303年、アナーニ事件)。王は次の標的として、テンプル騎士団に狙いを定めた。13071013日の金曜日、パリを始めフランス全土でテンプル騎士団の一斉逮捕が行われる。約700の支部で推計600人の騎士が拘束された。嫌疑は異端の罪。以降、財産は差し押さえられ、騎士50人以上が処刑。テンプル騎士団は消滅への道を辿ることになる。

 

12世紀に生まれ、やがて超国家的ネットワーク組織へと成長し、14世紀に入ると呆気なく消え去ったテンプル騎士団。それは中世ヨーロッパに咲いた巨大な徒花にも思われる。

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