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2018年8月17日 (金)

『大坂堂島米市場』

大坂堂島米市場』(高槻泰郎・著、講談社現代新書)を読んで、学んだことなどを以下に書いてみる。

17世紀の半ばに大坂で形成された米市は、ごく初期の段階から米そのものを売買する市場ではなくなり、手形を売買する市場になっていた。大名の蔵屋敷から米を落札した者は、代銀(=代金)を払って米の引換券である「米手形」を受け取る。落札者はこの手形を、米市で第三者に転売していた。一方で大名は実際の米の在庫量以上に米手形を発行して、米市で資金調達を行っていた。代銀の一部の支払いで発行される米手形の売買は、やがて代銀の全額支払い後に発行される「米切手」の売買に移行。この正米商い(しょうまいあきない)にほぼ並行して、一種の先物取引である帳合米商い(ちょうあいまいあきない)17世紀末頃に現われる。この取引では現金と米切手を遣り取りしない。まず自由に売りと買いの約束を取り交わす。同時に売り(買い)と反対の買い(売り)の約束も取り交わして、帳簿上だけで売りと買いを付き合わせる。満期日までに反対売買を行い、差金決済により取引は終了する。この取引は、現代の日経225先物やTOPIX先物のような株価指数先物取引に近いものだ。

 

堂島米市場のことをよく知らない人々から見ると、取引の様子は数百人が寄り集まって喧嘩をしているようであり、そこで飛び交う言葉も、訳が分からなかったと伝わる。この辺の感じは、立会場があった頃の証券取引所の様子の記憶がある者には、似たようなものなんだなと思われるところだ。堂島米市場の正米商いは約30の銘柄を売買した。これに対して、帳合米商いでは「立物米(たてものまい)」を取引の対象とした。立物米とは、年間を三期に区切った取引期間ごとに、大量に取引される銘柄の中から選び出される、名目上の銘柄である。帳合米商いでは、帳簿上だけで取引する(実体のない)銘柄である立物米を売買し、定められた満期日までに売りと買いの注文を相殺する。米切手は基本的に米との交換を約束する証券であるから、米の作柄がその価格に大きく影響した。江戸時代の人々も、米切手の価格変動をヘッジする手段として、先物取引を利用したということである。

 

大名は資金を調達するため、蔵にない米についても米切手を発行していた。このため米切手が過剰に発行されると、市場における信用不安を惹起し、米切手の価格下落を招く可能性があった。当時、米との交換が延期ないし拒否される米切手のことを「空米切手(からまいきって)」と呼んだ。18世紀中後期にかけて、江戸幕府は空米切手問題に対処するため、米切手の統制策を立て続けに打ち出す。宝暦11(1761)12月に発令された、空米切手停止令(ちょうじれい)により、「全ての米切手は、たとえ蔵米の裏付けなく発行されたものであっても、蔵米の裏付けのある米切手として処理されねばならない」という原則が確立したという。

 

「世界最初の先物市場」である堂島米市場の仕組みと、それを考え出した江戸時代の大坂商人、そして市場の信用秩序維持を図る江戸幕府、いずれについても驚き感心するばかりだ。

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