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2018年3月30日 (金)

『陰謀の日本中世史』

本能寺の変には黒幕がいた、関ヶ原合戦は徳川家康の策略だった――など、日本中世史において語られる陰謀論の数々。ベストセラー『応仁の乱』の著者が、最新の研究を援用しつつ、これらの陰謀論を批判的に検討し、その基本的パターンを明らかにする・・・『陰謀の日本中世史』(呉座勇一・著、角川新書)を読んで、学んだり考えたりのまとめ。

 この本では源頼朝、執権北条家、足利尊氏、日野富子など、日本史上の名だたる人物に係わる陰謀論を取り上げて批判的検討を行っている。なかでも「本能寺の変・黒幕説」は、陰謀論の「真打ち」として扱われているようである。ただ本書でも言及されているように、鈴木眞哉氏と藤本正行氏の共著『信長は謀略で殺されたのか』(2006)の批判以降、黒幕説は下火になったという印象がある。現在では本能寺の変の原因として、織田信長の四国政策転換(長宗我部氏との関係悪化)の影響を強調する説が有力になってきていることもあり、今ここで改めて、新たに登場した陰謀論も含めて本能寺の変・黒幕説を批判することに、正直それほど意義があるようには見えない。おそらくこの本の主眼は、個々の陰謀論を論破すること自体にあるのではなく、論破の過程を通して歴史の正しい見方を提示することにあるのだと思う。著者も「あとがき」でこう述べている。「本書を通じて歴史学の思考法について理解を深めていただければ、著者として望外の幸せである」。

 

 歴史を正しく見るということは、もちろん歴史を分かりやすく見るということと同じではない。しかし人間はついつい分かりやすさを求めてしまう。そこに、陰謀論が人々の心を捉える素地がある。陰謀論は因果関係が単純明快だから分かりやすい。そしてなぜ因果関係が単純明快なのかといえば、陰謀論は「結果」から組み立てられるからである。我々は歴史の結果を知っている。源頼朝は弟の義経を滅ぼし、足利尊氏は鎌倉幕府を倒し、徳川家康は関ヶ原の戦いで勝利した。すべては最終ゴールを目指す勝利者によりコントロールされていた、という前提から、陰謀論は歴史の出来事を見てしまう。その結果論的なストーリーは、確かに分かりやすいとは言える。しかし繰り返しになるが、分かりやすい=正しいではない。

 

 歴史を正しく理解しようとする時、余りにも分かりやすい話は疑ってかからなければならない。歴史の結果を知っている我々自身の立場を離れて、当時の史料に虚心坦懐に向き合い、当時の人々の置かれた状況を想像する。いつの時代であろうと、誰もが先の見えない中で複雑な現実に向き合って生きていたことを念頭に置いて考える。歴史の出来事を理解する時には、そんなニュートラルでバイアスのかからない態度が肝心なんだろうと思う。

 

 この本の「終章」では、陰謀論と疑似科学の類似性が指摘されている。疑似科学は、科学的な装いを備えつつ、実際には科学的根拠の無い理論を指す。歴史学は史料の批判的検討を根拠にした科学であり、史料に基づかない、あるいは史料の恣意的解釈に基づく陰謀論は、疑似科学として退けられることになる。この本は陰謀論を扱いながら、歴史を正しく見るための根本となる、歴史学的な考え方とはどういうものか、改めて教えてくれる。

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