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2017年10月31日 (火)

宗教改革の意義

今から500年前の1517年10月31日、ルターが「95箇条の提題」を世に問うた時から、中世ヨーロッパ世界を激動の中に投げ込む「宗教改革」運動が始まった。読売新聞10/26付記事「宗教改革500年 識者に聞く」からメモする。
 
ルターは宗教改革をしようと思ったわけではなく、カトリックのほころびを修復しようという意識が強かったのだと思う。
そして、聖書こそが権威だとする彼の主張は、教皇を頂点としたそれまでのピラミッド型の一元的な社会を壊した。一方で、聖書は読む人によって解釈が違い、宗派が分裂していくことにつながる。
分裂を繰り返すプロテスタントとは、ヨーロッパが初めて経験した多元化だ。宗教改革以降500年の歴史は、分裂し、争いを続けるグループ同士が、何とか共存していける作法を模索してきた歴史ともいえる。相互理解や他者理解を考える上で、そこから学べるものはあるはずだ。
プロテスタンティズムは近代社会の深層構造ともいえる。欧米の文化を無視して生きられない現代、我々が生きる近代の世界を理解するためにも、プロテスタンティズムを知ることは日本人にも大きな意味がある。(深井智朗・東洋英和女学院大教授
 
ルターは「信仰のみ」「(神の)恩寵のみ」「聖書のみ」という三つの「のみ」を打ち出した。それ以前からあったカトリック教会では「信仰と行為」「信仰と理性」「恩寵と自由意志」「聖書と教会の伝統」のそれぞれを重視し、バランスを取っていくのが正統的だった。その意味で、ルターは一方を極端に強調したといえる。
一連の宗教改革で、結果的に「個人が自分の良心に基づいて宗教を選択する」という、現代人にとっての基本条件が作られた。その意味で宗教改革は価値あることだった。
とはいえ、宗教改革以前に学ぶべきものは多く、批判するだけではもったいない。例えば中世は信仰と共に理性や哲学を重んじたが、「神と世界の関係をどう捉えるか」といったことを理性的に考えていくと、イスラム教やユダヤ教とも同じ土俵が形成される。(自分が信じる宗教の)神のみ、聖典のみでは、他宗教と共通の土俵に立ちにくい。(山本芳久・東京大准教授
 
・・・宗教改革以前のヨーロッパにおいては、カトリック教会が社会体制と一体化していた。ルターの改革から生まれたプロテスタンティズムは、宗教を体制から切り離して、基本的に個人のものとした。現在もカトリック信者はキリスト教の最大多数勢力であるが、教会組織は国家社会体制の中の一部を占めるものでしかない。現状から見れば、ルターに始まる宗教改革は結局、世俗化社会における宗教の在り方を形成したということになる。

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2017年10月23日 (月)

株価15連騰、新記録

先週木曜日19日の日経平均は13日続伸、終値は前日比85円高の21,448円。13連騰は1988年2月10~27日以来29年8ヵ月ぶり、歴代2位の記録に並んだ。続く金曜日20日の日経平均は14日続伸、終値は前日比9円高の21,457円。14連騰は1960年12月21日~61年1月11日以来56年9ヵ月ぶり、歴代最長記録に並んだ。

そして衆院選投票日が終わり、週明け本日23日の株価は選挙の与党勝利、最高値更新の続く米国株などに支援されて上昇。日経平均の終値は前週末比239円高の21,696円、15連騰の新記録を達成した。

今月10月の株価は値を下げた日の無いまま、ここまで推移している。しかし10月は、マーク・トウェインの言う「株投資には特に危険な月」だ(・・・作家は「危険な月」として10月に続いて他の月を次々に挙げて、結局株投資は一年中危険だというオチが付く)。今年は1987年10月19日の米国株大暴落、ブラック・マンデーから30周年。1997年のアジア通貨危機、2007年のサブプライム・ショックなど、7の年は危機の年という話もあったが、2017年は今のところ金融・資本市場に大きな波乱は起きていない。

日経平均は1990年代バブル崩壊時代の反騰局面に付けた、1996年の戻り高値22,666円まで、あと1,000円という水準。この高値を取れば、1997年以降続いてきたデフレから、ようやく日本経済も脱却したという実感が伴ってくるのではないか。

(追記)日経平均は24日も上昇し16連騰達成。25日は反落し、連騰記録は16でストップした。

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2017年10月21日 (土)

無党派票、立憲民主に集中?

衆院選の比例区で、無党派の票が立憲民主党に大挙流入する可能性が出てきたと、日刊ゲンダイDIGITALの本日付発信記事が伝えている。自分も比例は立憲民主でいいか、と思っていたところなので、やっぱりおいらは典型的無党派層だなと納得である。同記事からメモする。

朝日新聞が17、18日に実施した世論調査に自民党が衝撃を受けている。「比例区の投票先はどこか」と政党名を挙げて聞いた結果は、自民は34%と2週間前(3、4日)の35%とほとんど変わらなかったが、立憲民主党が7%から13%へ倍増しているのだ。

朝日新聞の調査は、9月26、27日も行われている。自民は32%→35%→34%、希望も13%→12%→11%と、ほとんど数字が動いていない。要するに、これ以上、支持が広がらない頭打ち状態。なのに、立憲民主党だけがグングン数字を伸ばしているのだ。

「まだ投票先を決めていない」有権者は、29%→27%→23%と少しずつ減っている。無党派が立憲に流れているのは間違いない。いざ投票となったら、まだ23%いる「投票先を決めていない」無党派が雪崩を打って立憲に「比例票」を投じておかしくない。23%の半分が上乗せされるだけでも、立憲は24%となる。

定数176の比例の議席によって選挙結果もガラリと変わってくる。立憲民主党は、比例だけで40議席を大きく超える可能性が高い。
政治評論家の本澤二郎氏が言う。
「立憲民主党は選挙区に63人、比例単独を15人擁立しています。たとえ選挙区で負けても、次々に比例復活し、結果的にほぼ全員当選という事態もあり得ます。もし、立憲が50議席以上を奪って野党第1党になれば、選挙後にも絶大な影響力を発揮することになります」

・・・個人的には立憲民主支持の、ここまでの拡がりには意外感がある。「リベラル」に期待する人は、もうそんなに多くないだろうと思っていたので。こうなると、党首に対する信頼感の違いかなという感じもあり、「リベラル」に懐疑的なワタシも、比例区では枝野代表に入れるつもりで立憲民主党に一票投じようかと。

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2017年10月20日 (金)

保守とリベラル、何が何だか

「政治の世界で使われる保守やリベラルという言葉の定義は必ずしも明確ではない。なかでも使う人や文脈によって意味が変わり、中身が分かりにくいのがリベラルという言葉だ」――19日付日経新聞政治面記事(「保守」「リベラル」曖昧)が指摘している通りだな、と思う。同記事から、保守とリベラルの定義についての識者の意見をメモする。

保守やリベラルは定義が曖昧で、時代とともに変わっている。保守は伝統や手続きを重んじ、自民党が掲げてきた。リベラルは冷戦終結後に保守と革新の対立が成立しなくなり、自民党の保守の対抗概念として打ち出されたものだ。
本来、リベラルは個人の自由を重んじ国家の役割を小さくする立場。日本では憲法改正反対などがリベラルとされており、本来の意味とは少し異なった使われ方をしている部分もある。(岩井奉信・日本大教授

リベラルは権力を持つ人間から価値観を押しつけられない、干渉されないという立場だ。
保守は常識や経験知、慣習などを重んじる考え方を指す。原点はフランス革命を疑ったことにある。
合理主義を進めれば良い社会になるという近代主義的な左派の思想を疑い「常に人間は間違える可能性がある」と考える。(中島岳志・東京工業大教授

経済政策での「保守」は、政府の関与を抑えて市場に委ねる小さな政府をめざすことを、「リベラル」は政府主導で需要をつくる大きな政府を志向することを、それぞれ意味する。自民党は保守政党とされるが、政府主導で賃上げや働き方改革を促しており、経済政策ではリベラルの色が濃い。野党も希望の党が掲げる企業の内部留保の活用や、日本維新の会が持論とする教育無償化など、リベラルな政策は多い。(小峰隆夫・大正大教授

・・・「自主憲法制定」を結党以来の党是とする自民党。「保守」を掲げる政党が改憲を志向するのに対抗して、護憲を打ち出す政党は「リベラル」となる。というのも分かるような分からんような。
経済政策では、財政出動や社会福祉などに積極的な、大きな政府を志向するのは「リベラル」。政府の役割は小さくして市場に任せるのが「保守」ということだが、これが「市場原理主義」まで突き進むと「ネオリベラリズム」(新自由主義)と呼ばれたりする。どうも「リベラル」と「リベラリスム」は別物らしい。こうなるともう何が何だか。(苦笑)

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2017年10月 3日 (火)

民進党分裂でスッキリ感

安倍首相の強引とも見える衆議院解散が、急激かつドラスティックな野党再編を誘発して、解散時には思いもよらなかった選挙戦の構図が出現した。以下に本日付日経新聞の社説(政策本位の野党再編であれば悪くない)からメモ。
 
民進党が保守系とリベラル系に分裂した。希望の党への合流を巡り、排除された枝野幸男代表代行らが新党結成へと動き出した。衆院選目前のドタバタ劇にはあきれるが、結果として政策本位の野党再編につながるならば必ずしも悪い話ではない。
 
民進党の前身の民主党は1996年、保守系の新党さきがけとリベラル系の社民党の出身者によって生まれた。自民党出身者らもなだれ込み、この20年あまり、終始一貫して「寄り合い所帯」の感があった。
憲法や外交・安保などの政策課題で党内に常にあつれきがあり、協議をしても結論を先送りすることが多かった。
リベラル系の離脱によってようやくすっきりしたといってよいだろう。
 
この結果、今回の衆院選は保守系の自民・公明、希望・維新、リベラル系の民主・共産の三つどもえになることがほぼ確定した。選択の構図がくっきりし、有権者は投票しやすくなった。
 
・・・以前の野党4党(民進、共産、社民、自由)共闘には、個人的には違和感しかなかったので、3極に整理されて分かりやすくなったのは結構なことだと思う。しかし好き嫌いは別にして、小池都知事は大したもんだな。細川、小沢、小泉に学んだ政治テクニックを総合的に(劇場政局の剛腕展開とでも言おうか)実践している感じだ。この小池氏の突破力に、前原民進党代表の文字通り破壊的とも思える決断力が加わり、有権者に対する「非自民、非共産」の選択肢提示が実現化したといえる。リベラルは所詮批判勢力でしかないのは明らかで、政権担当能力を有する保守二大政党に向かうのは時代の流れだろう。希望・維新の代表は二大都市の知事でもあり、「地方分権」を重視する保守政党として、自民党との違いを打ち出すことは可能だと思われる。一方で、希望・維新は「改憲勢力」であることから、意外と安倍自民党の目指す憲法改正が進めやすくなる可能性もある。唐突に決まった感のある今回の衆院選だが、日本政治の意外に重要な分岐点となる可能性もあるような気がしてきた。

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