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2017年1月 3日 (火)

「ポピュリズム」というレッテル

「週刊エコノミスト」(1/3・10合併号)掲載のコラム記事「リベラルの罪」(英国在住のブレイディみかこ執筆)から、以下にメモする。
 
現代のメディアや知識人、政治家などに使用されるときの「ポピュリズム」は、デマゴギー(虚偽宣伝)やレイシズム(人種差別)といったネガティブな要素を多分に含んだ「脅威」の同義語になっている。欧米のリベラルにとって、ポピュリストとは、洗練されていない低学歴の人々のことであり、メディア人や知識人、政治家は、こうしたポピュリストを諸悪の根源であるかのようにレッテル貼りする。
 
現代のメディアにおける「Pワード」(ポピュリズム)の氾濫を見ていると、それは「間違った考え方」を象徴する言葉になり、メディアも政治家もそれと戦うことに躍起になっているように見える。
これほど欧米がPワードを恐ろしがるのは、それが欧州におけるファシズムの台頭を思い起こさせるからだろう。1920年代と30年代の大恐慌の時代に、大衆を喜ばせる言葉を発し、広報による情報操作戦略で権力を握ったヒトラーやムソリーニの時代を彷彿とさせられるからだ。
 
キャメロン前首相とEU残留派を負かしたのは、すべての政党とエスタブリッシュメントたちに、自分のささやかな希望や不安を無視されてきたと感じている「取り残された人たち」だ。
欧米の民主主義は、国家の枠組みや帰属意識、共同体意識、安定した仕事を原則として築かれたものだ。だが、近年のエリートやリベラルは、時としてこれらの原則を痛烈に批判する。国境をなくし何ものにも帰属せず、コミュニティーに頼ったり、仕事に安定を求めたりせず、グローバルに生き抜くのが"プログレッシブ"(進歩的)な人間なのだと彼らは啓蒙する。
しかし、世の中にはそういう生き方をしたくない人々もいる。「取り残された人たち」は、リベラリズム(とそれを奉ずるエリートたち)こそが彼らを生きにくくした原因だと考えている。
 
欧州や米国で起きた出来事をPワードという言葉で切り捨てることは、実質賃金の低下や、記録的水準に達そうとしている格差への人々の怒りから目をそらすことにほかならない。
 
・・・このところメディアでは、「ポスト・トゥルース」という直輸入ワードを見たり聞いたりする。これは、客観的事実よりも感情へのアピールが世論形成に大きく影響する状況を指す言葉らしい。なので「ポピュリズム」の関連用語という感じではある。といってこれを、トゥルースはエリートの側にあり、大衆は感情的に動くだけ、という図式にしてしまうと、見逃してしまう事柄も多くなるのではないだろうか。結局はエリート層にも、「取り残された人たち」にも、それぞれの「トゥルース」があり、困難ではあっても両者の調停を図りながら、合意形成していくほかないように思われる。

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