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2016年5月25日 (水)

仏教が無力である理由

現代の日本において仏教の影は薄い。特に都市部では「葬式仏教」ですらなくなりつつあるような感じだ。仏教の、というかブッダの思想は現代社会に合わないことも、仏教が力を失った一因かもしれない。『世界を動かす「宗教」と「思想」が2時間でわかる』(蔭山克秀・著、青春新書)からメモする。

日本・中国・韓国といえば、本来なら「仏教」が真っ先に浮かぶはずだ。何といっても世界三大宗教の一つ。
ところが仏教は、はっきり言ってパッとしない。タイやスリランカはともかく、少なくとも日中韓の東アジアでは、仏教は「過去の遺物」的な残り方しかしていない。
なぜか? それは仏教の教えが、平和な時代にバリバリ稼ごうとしている今の日中韓みたいな先進国に合う考えではないからだ。

ブッダが説いた仏教は「苦の原因とその解消法」についての教えだ。それによると、人間が抱える最大の苦しみは「煩悩(=執着心)」であり、この煩悩にとらわれて真実が見えなくなると、人生余計に苦しくなる。
ならばどうすればいいか? 答えは「煩悩を捨てる」だ。

万物はたえず変化し生まれては消えてゆく(=諸行無常)し、万物の中に永遠不変の実体を持つものもない(=諸法無我)。これが世の真実だ。
世の真実をしっかり見つめて煩悩を捨てることができれば、そこで初めて心の安らぎ(=涅槃(ニルヴァーナ))が実現する。これがブッダの説く仏教だ。

しみじみと心にしみる、とてもいい教えだ。でも残念ながら今の日中韓には合わない。なぜならこれは、我々に「稼ぐな」と言っているのと一緒だからだ。
資本主義とはとどのつまりは〝ザ・煩悩〟だ。今の日中韓は、すべて煩悩めざして突き進んでいる。
結論。ブッダの仏教は、欲望を原動力に発展してきた先進国向きではない。

我々日本人にはなじみ深い「死んだ後、極楽浄土に往生して救われる」なんて考えも、ブッダの仏教には存在しない。社会不安が大きかった平安時代の日本で生まれた考え方だ。やはり仏教は、いつ死ぬかわからない戦乱の世の人々には心に響くけど、寿命以外でなかなか死なない現代の先進国にはあまり響かない考え方なのかもしれないね。

・・・欲望を否定するブッダの教えは、欲望全開の資本主義社会から否定される。そもそも宗教が強いリアリティを持つのは、天災、戦争、疾病、飢餓など人の死ぬ理由に事欠かない時代なのかなと。

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