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2016年5月31日 (火)

社外役員のパワー発揮

本日付日経新聞「経済教室」(これからの企業統治)の執筆者は、伊藤邦雄・一橋大学特任教授。伊藤先生といえば、セブン&アイの社外取締役として、役員人事を巡り「カリスマ経営者」と「立ち回り」を演じた?お人。先日の「騒動」に関連すると思われる部分からメモしてみる。

経営トップの選任・解任は、企業統治の一丁目一番地である。この点で、昨今設置が相次いでいる指名委員会の果たす役割は大きい。指名委員会は人事の透明性を高めるために設置されるものであり、取締役会の「諮問機関」にすぎない場合であっても、指名委員会の答申は取締役会で尊重されるべきものである。

指名委員会では、会社側が提出した人事案に対して社外委員から同意を得られない場合がある。その場合には、何らかの修正案を提出するような柔軟な姿勢や、内外の委員の間でより良い人事案にするための「すり合わせプロセス」も必要である。指名委員会で同意に達しなかったり否決されたりしても、それは提案した経営陣に対する不信任ととらえる必要は必ずしもない。冷静に統治プロセスとしてとらえるべきである。

会社法は取締役会の採決の具体的方法について規定していない。表決には挙手、記名投票、無記名投票がある。無記名投票に関しては異論を唱える向きもあるが、会社法369条5項に基づき「議事録に異議をとどめないものは、その決議に賛成したものと推定する」との規定がある。このため事実上は記名投票に近い。「経営者の根本的変更を生じうる場合、またはこれに類する場合」には、無記名投票が正当化されるというのが有力な法的解釈だ。

執行側と社外取締役はいたずらに対立の構造を醸成する必要はない。両者の関係は「緊張と協調」の関係であるべきだ。すなわち企業統治とは、双方がすり合わせをしながら、株主をはじめとするステークホルダー(利害関係者)に十分な説明ができるような透明な経営プロセスを築き上げることで、持続的な企業価値を創造していくプロセスである。

・・・コーポレートガバナンス。要するに公開企業は、外部に説明できない行動はできない。外部から見て意味不明の行動はできない。ってことだな。

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2016年5月27日 (金)

トルーマン、軽すぎる大統領

アメリカ軍指導者の多くが原爆の使用を否定的に見る中、トルーマン大統領の判断は、まず原爆投下ありき、だったようだ。『オリバー・ストーンの告発 語られなかったアメリカ史』(『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』の青少年向けリライト版、あすなろ書房)の第2巻からメモ。

統領トルーマン、国務長官バーンズ、マンハッタン計画責任者グローヴスの三人が、原爆の実戦使用に躊躇していたことを示す記録はない。
しかし、陸軍長官ヘンリー・スティムソンは違った。原爆は単なる新兵器ではなく「われわれ全員を食らうフランケンシュタインのような怪物」と考えていたのだ。

大半のアメリカ人は、軍の最高指導者の多くが、原爆投下は軍事的に不要だった、あるいは人道にもとるものだと考えていたことを知らされていなかった。

第二次世界大戦中に、大将より上位の〝元帥〟へ昇進した五つ星将官七人のうち、最先任ジョージ・マーシャルをのぞく、陸軍大将マッカーサー、アイゼンハワー、アーノルド、海軍大将リーヒ、キング、ニミッツの六人が、戦争終結には原爆が必要である、という考えに反対していたのだ。

アイゼンハワーはこう述べている。「スティムソンから意見を求められて、私は二つの理由で原爆使用には反対だと答えた。第一に、日本は降伏する気なのだから、そのように破壊的な兵器で攻撃する必要はなかったからだ。第二に、わが国が、核兵器を使用する最初の国になるのを見たくない、と感じたからである」

マッカーサーは、原爆を「軍事的にはまったくの不要物」と考えており、政府がそれを使用する意向だと知るや、怒ると同時に失望した。

リーヒは述べた。「広島と長崎での残忍な兵器使用は、対日戦争において、なんら実質的な貢献となっていない。戦争であのような手段を使ってもよい、と教えられたことはない。戦争とは、婦女子を殺傷して勝利すべきものではないのだ」

歴史家の多くもまた、広島や長崎を灰燼に帰す必要はなかったという、元帥たちの見解に賛同している。
ところが、日本本土上陸によって多数のアメリカ兵が命を失うことなく、戦争を終結させられたのは原爆のおかげであるという〝神話〟が、トルーマンやスティムソンらによって広められた。

トルーマンは、原爆投下について良心が痛んだことはない、と主張しつづけ、「そのことを考えて眠れなかったことは一度もない」と自慢げに言い放った。
あるテレビ番組でトルーマンは「(後悔したことは)ないよ、全然。ほんのちょっぴりだってね」と答えた。「すぐに決められたよ。ほーら、こんなふうに・・・・・・」と言って、得意げに指をパチンと鳴らしてみせた。

・・・歴史のイフは考えても無益なのかも知れないが、日本人である自分の心の中から、トルーマンでなければなあ、という思いが消えることはないだろう。しかし今日、遂にアメリカ大統領が広島を訪問した。原爆投下から71年、ようやくという思いがある一方、これだけの時間が必要だったのだろうと了解したいし、何よりオバマ大統領だからこそ実現したという感は強い。

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2016年5月26日 (木)

「超解説」カントとヘーゲル

近頃、分かりやすさを謳う類の「世界史本」がいろいろ出ている。その書き手として名前を多く目にするのは祝田秀全、関真興、茂木誠といった、予備校講師の経歴を持つ先生方だ。歴史の流れを整理してストーリー化する、その語り口が巧みなのは、さすがだなと思っていたら、今度は予備校で「倫理」科目を教える先生の書いた「分かりやすい」思想の本が出た。『世界を動かす「宗教」と「思想」が2時間でわかる』(蔭山克秀・著、青春新書)から、カントとヘーゲルの解説をメモしてみる。

ドイツ観念論といえばカントだ。カントは人間の理性を、自然科学を扱う「理論理性」と道徳や哲学を扱う「実践理性」とに分けた。カントは、自分のめざすよりよい世界を「道徳的な世界」と考え、そういう世界をめざす意志を「善意志」と呼んだ。そして実践理性とは、その善意志に対して、道徳的な命令を発する理性のことだ。
みんなが自由に自らの実践理性の道徳命令に従って動
くことができるようになれば、そこには理想の道徳社会が実現するはずだ。これがカントのめざした「目的の王国」だ。
しかしよくよく考えたら、カント哲学はキリスト教となじみやすいな。「神=実践理性/神の国=目的の王国/神の声=定言命法」と考えれば、カント哲学はほぼ「別表現でのキリスト教」だ。

ヘーゲルといえば「絶対精神」と「弁証法」だ。
絶対精神とは自由を本質とする神のような存在で、ヘーゲルはその絶対精神が人間(特に歴史上の「英雄」たち)を操ることで、世の中に自由と合理性が拡大し、社会や歴史は発展すると考えた。
そして、その絶対精神の運動法則にあたるものが「弁証法」だ。
じゃ弁証法とは何かというと、それはズバリ「対立」だ。もっとちゃんと言うと、あるもの(テーゼ)と別のもの(アンチテーゼ)が対立することで、よりよいもの(ジンテーゼ)をつくり出すという運動だ。
社会や歴史も、ルネサンスや市民革命といった〝対立〟があったからこそ発展し、その結果、世の中の自由と合理性が拡大した。これは自由を本質とする「絶対精神の自己実現」ともいえるし、社会や歴史の弁証法的発展ともいえることなんだ。

・・・カントの「実践理性」にしても、ヘーゲルの「絶対精神」にしても、良くも悪くも何となく「神」って感じだよなあ。キリスト教文化の中のヨーロッパ哲学は、そう簡単には「神」と縁を切れなかったものと見える。

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2016年5月25日 (水)

仏教が無力である理由

現代の日本において仏教の影は薄い。特に都市部では「葬式仏教」ですらなくなりつつあるような感じだ。仏教の、というかブッダの思想は現代社会に合わないことも、仏教が力を失った一因かもしれない。『世界を動かす「宗教」と「思想」が2時間でわかる』(蔭山克秀・著、青春新書)からメモする。

日本・中国・韓国といえば、本来なら「仏教」が真っ先に浮かぶはずだ。何といっても世界三大宗教の一つ。
ところが仏教は、はっきり言ってパッとしない。タイやスリランカはともかく、少なくとも日中韓の東アジアでは、仏教は「過去の遺物」的な残り方しかしていない。
なぜか? それは仏教の教えが、平和な時代にバリバリ稼ごうとしている今の日中韓みたいな先進国に合う考えではないからだ。

ブッダが説いた仏教は「苦の原因とその解消法」についての教えだ。それによると、人間が抱える最大の苦しみは「煩悩(=執着心)」であり、この煩悩にとらわれて真実が見えなくなると、人生余計に苦しくなる。
ならばどうすればいいか? 答えは「煩悩を捨てる」だ。

万物はたえず変化し生まれては消えてゆく(=諸行無常)し、万物の中に永遠不変の実体を持つものもない(=諸法無我)。これが世の真実だ。
世の真実をしっかり見つめて煩悩を捨てることができれば、そこで初めて心の安らぎ(=涅槃(ニルヴァーナ))が実現する。これがブッダの説く仏教だ。

しみじみと心にしみる、とてもいい教えだ。でも残念ながら今の日中韓には合わない。なぜならこれは、我々に「稼ぐな」と言っているのと一緒だからだ。
資本主義とはとどのつまりは〝ザ・煩悩〟だ。今の日中韓は、すべて煩悩めざして突き進んでいる。
結論。ブッダの仏教は、欲望を原動力に発展してきた先進国向きではない。

我々日本人にはなじみ深い「死んだ後、極楽浄土に往生して救われる」なんて考えも、ブッダの仏教には存在しない。社会不安が大きかった平安時代の日本で生まれた考え方だ。やはり仏教は、いつ死ぬかわからない戦乱の世の人々には心に響くけど、寿命以外でなかなか死なない現代の先進国にはあまり響かない考え方なのかもしれないね。

・・・欲望を否定するブッダの教えは、欲望全開の資本主義社会から否定される。そもそも宗教が強いリアリティを持つのは、天災、戦争、疾病、飢餓など人の死ぬ理由に事欠かない時代なのかなと。

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2016年5月22日 (日)

「団地」を巡る雑感

サラリーマン引退後は、古ーい安ーい公団住宅にでも住もうかと思い始めた。公団住宅ようするに団地、今でいうUR賃貸住宅である。昔は「空き家募集」というのが年4回行われていたが、今はどこでも空き部屋があれば、いつでも入れる。一人で申し込めるのは1DKとか1LDKという制限も今は無い。保証人も不要だから自分のような一人もんには好都合だし、更新料がないのも有り難い。

ということで、今年初めから物色をぼちぼち始めたところ。今は会社に比較的近い場所、東京都区部の東の端っこに住んでいるが、引退すれば通勤時間とか関係ないので、東京都内の西の方に移ろうと思い、パンフレットやサイトで主に西武線沿線の団地の情報を眺めている。

改めて思い出すと、自分も団地に結構長いこと住んでいた。高校生の頃の江東区南砂住宅を振り出しに、数か所の公営住宅に結局、通算18年余りの居住経験がある。南砂に5年間のほか、西葛西駅近くの江戸川区清新町住宅の居住も9年間と長かった。

そんな感じで団地のことを考え始めたら、雑誌「東京人」6月号の特集が「東京なつかしの団地」ときたので購入。特集の中の、是枝裕和(映画監督)、重松清(小説家)、原武史(政治学者)の鼎談記事を読み、そこから重松と原、両氏の対談本『団地の時代』(新潮選書、2010)も読み、今日は是枝監督の最新作「海よりもまだ深く」も観てきた。

映画の舞台は西武線沿線の団地。阿部寛演じる主人公は、別れた妻子との関係やら仕事やらギャンブル癖やら、いろいろこじらせている中年男。そのお母さん役の樹木希林が面白い。自然で味わい深い演技、何気なさが凄すぎる。主人公と掛け合い漫才風に語らいつつも、それとなく諭します。失われたものや叶わぬ夢を追いかけるのは諦めないと、幸せにはなれないよ。みたいな感じで。

『団地の時代』については、西武と東急の戦略の違い、というか西武の戦略不在?と東急のブランド化推進により、沿線イメージに大きな差が開いた、というような感じの話が面白かった。

自分の団地経験は高校生以後、町中の工場跡地や埋立地に建てられた団地に住んでいたというもので、新しいライフスタイルとして2DKが持て囃されたという郊外団地に子供の頃住んでいた人との経験とはかなり違うこともあり、団地に対して懐かしいという感覚はない。でも、確かに団地は日本の社会を映す鏡の一つであるとは思える。国土交通省は、URの大型団地の医療福祉拠点化を進める(今年1/19付日経新聞)とのことだが、これからの団地がどのように変わっていくのか、注目しておきたい。

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2016年5月15日 (日)

柳澤協二氏のお話を聞いた

今日は、新浦安駅に近接する「ショッパーズプラザ新浦安」内、浦安市民プラザに出向いた。目指すは映画「天皇と軍隊」の上映会。なんだけど、実は映画自体は既に昨年夏に見ていた。ので、今回は上映後のトークイベントのゲストである柳澤協二氏の話を聞くことが一番の目的、ということになる。元防衛官僚ながら現政権の安保法制に反対する柳澤氏のお話の一部を以下にメモする。

安保法制の問題のひとつ。自衛隊員の武器の使用が認められたが、それは軍の武力行使ではない。自衛隊は軍隊ではないのだから。すると人を殺した場合、それは武器を使用した個人が殺人罪に問われることを意味する。

自衛隊の位置付けについて、改憲ではっきりさせるというのは解りやすい。しかしこれまで自衛隊が積み上げてきたものをどう評価するか。国内では災害時の救援活動を行い、国外の平和維持活動では人を殺していない自衛隊を、国民の90%が支持している。自衛隊60年の歩みを振り返りつつ、自衛隊の在り方についても時間をかけて議論するべきだろう。

憲法改正を進めようとする側、止めようとする側、どちらもエネルギーが足りない。改憲派も護憲派も、戦争を知らない人が多くなっているからだろう。殺し合いであるという現実、戦うための価値観とは何かも含めて、戦争というものをどう捉えるか、あらためて議論する必要があるだろう。

・・・ということで柳澤氏自身も、戦争について考えることを当面の課題としたい、とのことだった。およそ一時間の話の内容、話しぶりからも、この人は信用できる人だな、と思った。

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2016年5月14日 (土)

オカルトの巨匠たちの思い

雑誌「昭和40年男」6月号の特集は「オカルトブーム再検証」。いつもはこの雑誌は本屋でぱらぱら見ておしまい。だったのだが、特集の内容がなかなか濃い感じだったので、初めて買って読んだ次第。今年初めに『今を生き抜くための70年代オカルト』(光文社新書)という本も出ていたが、やっぱり雑誌はカラーだし写真だ図版だと賑やかでよろしい。で、その特集の中からインタビュー記事をメモ。まずは五島勉氏。言わずと知れた『ノストラダムスの大予言』著者。昭和4年(1929)生まれ。

「まさかあんな大騒ぎになるとは私も版元も思っていませんでした。私としては、あの本をノンフィクションのミステリーとして書いたつもりでした」
「(あの本では)恐怖と絶望を提示して、終章では希望を語っています。ハラハラさせて、最後は意外な形で逆転させる。これはミステリーの構造です。しかし、結論の希望については誰もまともに読まなかった」
「努力すれば終末は回避できる。だからみんなで未来を考えよう、というのが私の結論だった」

・・・結論部分の「希望」?全然覚えてない(苦笑)。たぶん「希望」については、そんなに具体的なことは語っていなかったと思うけど。
次に「UFOディレクター」矢追純一氏。昭和10年(1935)生まれ。

「皆さん、もっと知りたいと思っている反面、いざ、UFOや幽霊を見たらあれは夢だったと思いたいんです。現代人はほとんどが、現代科学という宗教のメンバーですからね。狭い常識のなかになるべく自分を閉じ込めようとするんです」
「だから僕はオカルトと呼ばれるものばかりを取り上げて、情報提供している。この宇宙には、現代科学で解明できないことの方がはるかに多い。それに気づくことによって、自分の狭い思い込みを外していくことができるんじゃないかと」
「結局、オカルトというのは、自分を知るということ。問題なのはオカルティックな事実でなく、自分がそれを理解できていないという状況そのものなんです」

・・・この二人に中岡俊哉氏(故人)を加えると、「昭和34年男」である自分にも、あの時代の記憶がじわ~っと立ちのぼってくる。UFO、超能力、心霊現象、未知の生物、大予言などなど、確かに70年代のオカルト・ブームは恐ろしくパワフルだった。オカルトというと、科学と対立するイメージもあるけれど、今から思うと、世の中に科学万能主義が概ね行き渡る一方、何とな~く科学の限界も意識されてきたところに、爆発的なブームがやって来た。そんな感じだ。

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2016年5月 7日 (土)

松本隆の魔術的作詞

土曜日午後5時からの小堺一機のトーク番組「かたらふ」で、先週と今週の2回、松本隆・作詞の歌について、小堺クンと齋藤孝・明治大学教授があれこれ語っていた。その齋藤先生が、雑誌「pen」(5/15号)の特集「いとしの歌謡曲。」にも寄稿しているのでメモする。

70~80年代の作詞家たちの特徴をひと言でいうなら、状況設定と描写における完成度の高さでしょう。いまのJポップが、自分の気持ちをシンプルかつストレートに伝えるのとはちょっと違う。

松本隆さんは、一つひとつの歌詞の世界が奥深くイメージが豊かなので、私たちをいろんな世界へ連れていってくれました。

松本さんの歌詞は、風景と心情が常に混じり合っている。「天地有情」という言葉がありますが、風景にも情があって、人の心は天地の情と分けることができないのです。そして松本さんの詞は、風景自体が情をもっているのです。だから、ちょっとした描写で私たちはすっとその世界に入っていける。

松本さんは男女の気持ちのズレを描くのも上手です。太田裕美の「木綿のハンカチーフ」や斉藤由貴の「卒業」、薬師丸ひろ子の「メインテーマ」はすべて男女の心のすれ違いを描いていますが、女の子のほうが不安を先取りしているのが興味深い。

一方で松本さんは、松田聖子とともにファンタジーの世界をつくり上げました。「渚のバルコニー」なんてまるで外国の映画の世界のようで、外国に行ったことのない我々は憧憬をもって聴いていた。

・・・先週の「かたらふ」では、松田聖子や斉藤由貴、今週は太田裕美や薬師丸ひろ子を取り上げていたが、番組でも紹介された太田裕美「木綿のハンカチーフ」はホントに良い歌だよな~。都会に出てきた男の子と故郷に残された女の子、次第にすれ違う心の動き。東京生まれ・育ちの自分もなぜかひどく切なくなる歌。むしろこういうシチュエーションに憧れを感じたりする。あと太田裕美で思い出すのは「九月の雨」。これも胸を締め付けられるような気持ちになる歌。

ところで「いとしの歌謡曲。」では、松田聖子、中森明菜、小泉今日子など80年代アイドルにかなりのページが割かれている。けど、個人的にはアイドル歌謡は歌謡曲ではあるけれど、ちょっと違う感じ。自分の歌謡曲ど真ん中は「また逢う日まで」「喝采」「危険なふたり」など、要するに70年代のイメージ。70年代歌謡曲、80年代ニューミュージック、90年代Jポップと変遷してきたニッポンの歌。で、今はどうなってるの?というと正直自分にはよく分からない。(苦笑)

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