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2016年1月24日 (日)

パルテノン神殿の数奇な変遷

昨夜のTBS「世界ふしぎ発見!」でやっていたのは、パルテノン神殿の彩色プロジェクトの模様。アメリカのナッシュビルにあるパルテノン神殿の実物大レプリカ(そんなのあるんだね)に、プロジェクト・マッピングでカラーリング。最新研究による本来の姿を再現するという意欲的なショー。

確かに最近、ギリシャ神殿やギリシャ彫刻には色が付いていたという話をちらほら見聞きするようになった。以下は『古代ギリシャのリアル』(藤村シシン・著、実業之日本社)から、パルテノン神殿の辿った数奇な運命についてメモ。

神殿の正面には必ず祭壇があります。これは神殿に向かって祭儀をするためですが、実はパルテノン神殿には祭壇がありません。神殿の中には巨大なアテナ像が収められていましたが、アテナ像を覆っていた金の装飾はすべて取り外せるようになっていて、有事の際に持ち出せるように細工してあったのです。
つまりここは一般的な「神殿」ではなく、本質的には「宝物庫」といったほうが近いのです。

中世に入ると、「ギリシャ人」を名乗る人はもちろん、古いギリシャの神々を信じる人々は一人もいなくなりました。しかしそれでもパルテノン神殿はこの場に立ち続けていました。
パルテノン神殿は紀元後6世紀ごろに聖母マリア教会へと改修、その後15世紀になってオスマン帝国の占領下に入ると、今度はイスラム教のモスクへと改修され、宗教は違えど崇拝の場として長く使用されていたのです。
しかし、17世紀に入るとここへヴェネツィア軍が攻め入り、オスマン帝国はパルテノン神殿を要塞化して弾薬の貯蔵庫に変えました。ヴェネツィア軍は構わず砲弾をぶちこんで、結果神殿の内部の弾薬に引火、爆発炎上・・・。2000年間、頻発する地震にもほぼ無傷で耐えられていたパルテノン神殿は、ここに完全に破壊されてしまったのです。

19世紀にギリシャが独立すると、「古代ギリシャのころのパルテノン神殿に戻そう」と修復が始まり、今に至っています。しかし、古代のパルテノン神殿にあって、修復された今のパルテノン神殿にはないものがあります。それは色です。
「本当の」パルテノン神殿は、白亜ではなく極彩色に彩られていたのですから!

・・・白亜のイメージの「古代ギリシャ」とは、ヨーロッパ人が自らの文明の起源として理想化した姿であり、真実はどうやら違うらしい。古代ギリシャについて、認識を新たにしないといけないようだな。

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