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2015年12月22日 (火)

監督に求められる「言葉」

選手の信頼や信用を得るためには言葉が大切――野村克也氏の語る監督論。週刊ポストのネット配信記事からメモする。

「信」は万物の元をなす。選手がいかに監督を信頼、信用しているか。これがなければチーム作りなどできるわけがない。

その「信頼」を得るのに重要なのが「言葉」である。リーダーは人の前できちんとモノが言える人物でないといけない。選手が聞いて感心し、納得するような言葉を持つ者こそが、選手から信頼・信用される良い監督なのだ。

球界も結局は、出身大学やその派閥がモノをいう学歴社会だ。田舎の高卒で、しかもテスト生で入った私が将来監督になれるなどとは思ってもいなかった。だから引退後は解説者としてなんとか球界に残りたいと思い、どの評論家にも負けないような解説をしようと思った。

そうして一生懸命頑張っていればわかってくれる人がいる。こんな私の姿をある人が見てくれていた。
あれは1989年のオフのこと。いきなりヤクルトの相馬和夫社長がやってきて「監督をやってほしい」といわれた。私はパ・リーグの人間だからセ・リーグの野球は知らない。何故私なのですかと聞くと、「野村さんの解説を聞き、新聞の評論を読んでこれが本当の野球だと感心した。うちのバカどもに本物の野球を教えてやってほしい。チームがうまく行かなければ私も責任を取る」といってくださったのだ。
これが就任の決め手となった。結局、優勝させるのには3年かかってしまったが、見事優勝した時には相馬社長が飛んできて私の両手を握って放さなかった。その感触は今でも忘れられない。私がヤクルトの監督になったのも、解説という「言葉」がきっかけだったのだ。

説得力、そして重みのある「言葉」を発し、選手から「信」を得られるかどうか。監督業とはそれに尽きるのだ。

・・・ノムさんは言う。巨人、阪神、横浜の新監督には、その「言葉」がない。だから心配だ、と。まあ言葉に重みのある人というか、ノムさんほどの努力家はそうそういないと思うけど。

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