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2015年4月 5日 (日)

ふしぎなイスラム教

雑誌「SAPIO」5月号に掲載されている橋爪大三郎と佐藤優の対談記事「ふしぎなイスラム教」、橋爪発言から以下にメモ。

そもそもイスラムの理想は、アッラーが1人の預言者を選び、預言者が聞いたアッラーの言葉に従う人々が全人類に広がって、平和なウンマ(イスラム教の信仰共同体)を作ること。では、軍事や政治の最高責任者であるカリフはイスラム世界の王なのか、という問題があります。
カリフとは、王であってもいいが、王でなくてもいい。カリフは常にいるのが望ましいが、現実問題としていない時期もある。
王なら後継者を任命していく継続の手続きがありますが、カリフには継承の手続きがあるかどうかはっきりしないのです。

一方、キリスト教は王に服従する文化を持っている。キリスト教がローマ帝国に浸透したのは2世紀末。政権と教会の関係は潜在的には敵対関係だけど、妥協のようなものが成立している。
ヨーロッパでは、近代以降にナショナリズムが生まれました。キリスト教徒だからではなく、フランス人だから、あるいはイタリア人だから・・・・・・自分たちの政権を樹立する権利があると考えるようになったのです。それができないから、やはりイスラム教は、ナショナリズムとは反りが合わないのです。

イスラム的な考えでは国家よりも人類普遍共同体のウンマに対する意識の方がより強い。そして法律といえば、コーランに基づくシャリーア1つだけ。そうなると、ヨーロッパの近代ナショナリズムに対応する制度や仕組みを作れない。キリスト教はどんどんバージョンアップしていくのに、イスラム教はバージョンアップできない。

・・・「バージョンアップ」を、野暮ったく言い換えれば「世俗化」になるだろう。イスラム社会は宗教が根本的ということで、国家や民族よりも宗教を優先する意識が強い。政教一致が理想のイスラムはもともと政教分離、世俗化、近代化等々を受け入れるようにはできていないと思われる。逆に見れば、イスラムは宗教として最初から完成されていたとも言える。イスラムに先行する同じ一神教のキリスト教は、より時間をかけて確立していった宗教なので、結果的に歴史の動きと共に展開し変貌していったのに比べると、イスラムはいかにも硬直的で融通の利かない印象がある。

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