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2015年3月24日 (火)

「長い中世」

時代区分の考え方が生まれた当初、ヨーロッパの「中世」は、「古代」と「近代」の中間の時代という位置づけだった。しかし今では「中世」も独自の時代、さらには後世まで影響力を残した時代として、捉えられているようだ。以下に、放送大学の新年度「ヨーロッパの歴史Ⅰ」講座テキストからメモする。(当該部分の執筆者である甚野尚志・早稲田大学教授は、朝日カルチャーセンターで「西洋中世史」の講座も担当している)

最近では、「中世」の時代区分に対してさまざまな異論がある。古代から中世への転換についていえば、通常、「中世」の始まりとされる西のローマ帝国の滅亡(476年)は政治的なエピソードに過ぎず、7世紀頃まで古代ローマ的な特徴をもつ社会が存続するという見解がある。また「古代」から「中世」への転換だけでなく「中世」から「近代」への転換も明確な年代で分けることのできないことが強調されている。 

つまり一般的に「近代(初期近代)」の始まりは、中世的なローマ・カトリック教会の権威を失墜させた宗教改革に求められることが多いが、宗教改革は、中世的な価値観を転換させた大変革ではあるものの、当時の社会の実態を観察すると16世紀に入っても中世的な世界はさまざまな分野で存続していた。知の世界の場合には、近代科学は17世紀に始まるが、経済の面では18世紀の産業革命まで中世的な手工業に基づく産業構造が続いていた。さらに人々の日常生活では、19世紀に入っても、いたるところで中世的な習俗が残存している。したがってある年代に「中世」が突然終わるとはいえず、「中世」は社会の局面によっては19世紀まで存続するものといえよう。 

このように中世的な社会は、時代区分を越えて「近代」でも存続するが、フランスの歴史家ジャック・ル=ゴフは『中世とは何か』のなかで、このような中世の存続を「長い中世」と呼んで説明している。彼によれば「中世」とは時代区分であるとともに、時代を超えた一つの社会のあり方を示す概念とされる。

・・・歴史を理解するためには、時代区分は有用な概念。しかしそれは、過去の出来事を整理するため、ある程度単純化された概念でもある。なので、ある時点を区切りとして世の中が古代から中世へ、中世から近代へと、がらっと変わる、とイメージするのは当然ながら現実的ではない。実際には諸々の事態が流動的に動いていく中から、徐々に次の時代に移行する方向性が現れてくるというものだろう。歴史の動きを現実的に考えるためには、近代社会になれば中世は過ぎ去ってしまう、のではなくて、近代社会のそこかしこに「中世」が多かれ少なかれ残っているという具合に、社会の変化を重層的に捉える必要があると思われる。

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