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2015年3月12日 (木)

信長の「野望」、その真実は

雑誌「歴史街道」4月号の特集は織田信長。最新研究を基に信長の真実を探る論考が並ぶ。便利なのは、渡邊大門氏による信長研究の論点整理。「天下」「将軍」「朝廷」「全国統一」を巡る諸説の中から、桐野作人氏と金子拓氏の見解を以下にメモする。

①「天下」の概念(従来説:日本全国を意味する)
桐野:「天下」とは抽象的な「世の中」とともに、具体的な「畿内」という多義性を含む概念。その後、信長の「天下」の概念は拡大していった。
金子:戦国時代では「天下」とは「畿内」を示すのが共通認識。

②将軍との関係(従来説:信長は傀儡として足利義昭を擁立した)
桐野:信長は将軍・足利義昭とギリギリまで協調路線を保っていた。
金子:信長は室町幕府や将軍の権威に頼り、幕府を緩やかに引き継ごうとした。そのキーワードが「天下静謐」である。「天下静謐」とは、室町将軍が維持すべき「天下=畿内」の平和で安定した状態を意味する。

③朝廷との関係(従来説:朝廷を蔑ろにした)
桐野:信長は朝廷を保護し、一貫して協調した。
金子:朝廷の自律性を尊重し、「天下静謐」のため朝廷政治の安定化を図る責任感を明確にしている。

④全国統一(従来説:最初から「全国統一」を目指していた)
桐野:信長が全国へと視野を拡げることができたのは、地理的な要因と、盤石な経済的基盤と圧倒的な軍事力によるものと考えられる。
金子:「天下静謐」を維持するため他領を攻撃して勝利することで、結果的に領国拡大が実現した。

・・・信長は当初は「天下静謐」、つまり畿内の平定を目指して、朝廷や足利将軍とも協調して秩序回復を進めた。しかし結果的に義昭を追放。さらに畿内の平定を達成した時点で、そこから先の全国統一に向けた政権構想が信長の頭の中にあったのかどうか。しかしそれも、本能寺の変により永遠の謎となってしまった感がある。

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