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2014年12月28日 (日)

「鈴木書店」の栄枯盛衰

こんな本が出てたんだ。『鈴木書店の成長と衰退』(論創社)。発行は今年9月だからごく最近だ。鈴木書店は13年前に倒産した出版取次(一般的には問屋に当たる。大手はトーハン、日本出版販売)。人文社会科学書を専門に取り扱い、出版社では岩波書店との関係が深く、販売先では大学生協に強みを持っていた。

戦後、人々が本に「飢えていた」時代から、やがて社会の安定、高度成長期を経て、1970年前後の左翼系書物がよく売れた時期が、人文書=鈴木書店のピーク。その後専門書が売れなくなってくると、出版社を始めとする業界の収益構造は変化していく。

「重版やロングセラー商品の売れ行きが落ちてきて、それをカバーするために出版社は新刊点数を多く出すようになってきた。重版やロングセラーは客注や常備品に近いものだからほとんど返品にならなかったが、新刊は当たり外れが極端だから返品率がどうしても高くなってしまう。そういう新刊ラッシュ状況の中に鈴木書店も完全に巻き込まれてしまった」

出版業界の収益構造の高リスク化は、鈴木書店にマイナスの影響を大きく与えた。事業は長期低落傾向となる。この本の中では触れられていないが、80年代にはニューアカ・ブームが人文書の追い風となり、仕入を担当する井狩春男氏の「まるすニュース」が業界内で注目されるも、収益悪化傾向を反転させるには至らなかった。

そして2001年末、鈴木書店倒産。危ないという噂は聞いていたので「とうとう・・・」とも感じたけど、やはりショックだった。

出版業界の人向けであろうこの本を、なぜ証券会社のサラリーマンである僕が読むのかといえば、もう30年も前のこと、ちょっとだけ出版社にいたからだ。新曜社という心理学・社会学の専門書出版社。僕の仕事は花形の編集・・・ではなく、販売・在庫管理事務で、鈴木書店にも新刊見本を持参していた。3年半程で辞めてしまったけど。学校出てプータローだった僕を採用していただいた堀江洪社長は2007年に亡くなった。志ある出版人がまた一人、世を去った。そんな思いを持った。

経済的な思考や実学が優勢な今の世の中で、人文知は見捨てられていた感が強かった。でも、最近どうやら「教養」が見直されている気配。人文知がかつての輝きを取り戻すとも思わないのだが、個人の教養そして社会の文化、その基盤を支えているのは人文知であることも再確認されて欲しいと思う。

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2014年12月27日 (土)

読書会がキテる。らしい。

「週刊エコノミスト」(12/30・1/6合併号)に「読書会ブームが来た!」との記事。ここ数年、全国各地で様々な読書会が開催されているという。紹介されているのは、「猫町倶楽部」(日本最大級の読書会コミュニティ)、「読んでから来い!」(書評家の杉江松恋さん主催)、「まちなか読書会」(山梨県甲府市の春光堂書店主催)など。

記事によれば、「かつては同好の士や研究仲間など、クローズドな知識集積の場だった読書会がよりオープンになり、参加者はその時に選ばれた一冊の本やテーマによって自由に参加したりしなかったりする。敷居の低さが好まれている印象だ」とのことで、今どきは自由参加型の読書会が盛んになっている模様。

最近の日経新聞も、「読書会の魅力」を取り上げていた(10/4付土曜日の別刷り)。記事によれば、各自が持ち寄った本を紹介し合い、その内容についてフリートーキングを楽しむ、そんな読書会が増えている、とのこと。

確かに、かつて読書会の参加者は友人や知人、そのまた知り合い程度の範囲で広がりは限定的だったと思うけど、今はネット、SNSの時代。昔よりも、人を集めるのは容易になっているので、読書会も自由参加型交流イベントのコンテンツとして見直されている面もあるのかも知れない。とはいえ、「単なる感想大会にせず、プラスアルファのディスカッションを深めてこそ、意義ある読書会になる」(日経記事)というのが理想ではあるだろうから、参加スタイルは自由で気楽な感じでもいいけど、内容は課題図書を読んで、できれば誰かがレジュメを作って、それを元に、みんなで意見をかわす、という従来型が基本というのは動かしがたいと思う。

読書会の大きな効用、それは「一人で読むより、多角的で広い視野を得られる」(日経記事)ことであるのは間違いない。自分も何か興味の持てる会が見つかれば、参加してみたい気もするけどね。

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2014年12月26日 (金)

ベビーメタル、デス!

今夜の「ミュージックステーション」にベビーメタルが出演、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」を熱唱した。しかし、超明るいライティングのステージだと、変わったアイドルグループだな、くらいの感じになっちゃうな。(苦笑)

自分がベビーメタルを知ったのはつい最近。ていうかはっきり認識したのは今週初め(苦笑)。以前から名前は何となく聞いていたので、21日日曜日深夜のNHK番組「BABYMETAL現象~世界が熱狂する理由~」を録画して見てみた。

今年11月のロンドン公演の模様が中心だったのだが、5,000人を収容するホールで、いかにもアイドル風の女の子3人組が歌い踊るステージと、アリーナを埋め尽くした当地のメタルファンの迫力ある男どもがマジ興奮している有り様の対比が、何とも不思議な光景に見えた。

「キツネ様のお告げに従い、メタルで世界を一つにする」のがミッションらしい。何でキツネなのかな、と思うわけだが、キツネサイン(影絵を作る手の形ね)と、メタルロックの合図的に使われるメロイックサイン(手をゲンコにして人差し指と小指を立てる)が似てるんだよな。ベビーメタルって名前も当然ヘビーメタルのもじりでもあろうから、キツネサインもまあ半分洒落みたいなもんだろうと。

リードボーカルのスーメタルさんの歌は上手いし、何しろみんな10代半ばとメッチャ若いのでダンスの動きも激しいし、ステージングも堂に入ってる。バックバンドも相当なテクニシャンの集まりという感じで、ショーとしての完成度は高い。何しろ日本語の歌に、ロンドンのオーディエンスがノリまくるのである。メタルのライブによくある、モッシュやらダイブやらも当然のように繰り広げられるのだ。

Jポップマニアとして知られるメタル・ギタリストのマーティ・フリードマンも、ベビーメタルはメタルに新しいイメージを持ち込んで言葉の壁を超えた、と評価している。

「メタルとアイドルの融合」というコンセプトは、「嬢メタル」にアニメ系歌謡曲的要素を混ぜ合わせて日本的に突き詰めた形とも言える。かな。とにかく、半ば冗談みたいなコンセプトのグループが、ここまで海外のファンにも受け入れられるというのは、実力に裏打ちされている結果と考えるべきだな。ベビーメタル、これからの展開も気になるぞ。

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2014年12月23日 (火)

ドイツ思想の「低迷」

先日、朝日カルチャーセンター講座「20世紀ドイツの哲学と社会思想」(山脇直司講師、全5回)の受講を終了した。取り上げられたのは新カント派、ローザ・ルクセンブルグ、ウェーバー、ハイデガー、カール・シュミット、ベンヤミン、アーレント、フランクフルト学派など。こうして見ると、20世紀前半が活況、後半はフランクフルト学派の一極のみで引っ張るみたいな印象。20世紀後半のドイツ思想の「低迷」について、『現代ドイツ思想講義』(仲正昌樹・著、作品社、2012年)の「後書きに代えて」から以下にメモする。

多くのスターを輩出した20世紀前半のドイツの思想界と比べると、20世紀後半以降のドイツ語圏はぱっとしない。

ぱっとしなくなった理由ははっきりしている。第一に、ナチス期に、ユダヤ系を中心に多くの知識人が国外亡命もしくは移住し、大戦後も(西)ドイツやオーストリアには帰国せず、アメリカなど英語圏で活動を続けたということがある。

第二に、ナチス時代に対する反省が強調されすぎたあまり、ナチスを連想させる思想一般、ロマン主義、保守主義、非合理主義、耽美主義、ナショナリスムなどに分類されそうな思想――ニーチェ、ハイデガー、シュミット、ユンガーなどはこの範疇に含まれる――が危険視され、〝真っ当な思想家〟は、合理主義・啓蒙主義・民主主義的なスタンスを示さねばならない、という風潮が強まった、ということがある。

第三に、社会主義国である東ドイツ(ドイツ民主共和国)と西ドイツ(ドイツ連邦共和国)の対決状態が長年にわたって続いたため、東側で思想の自由な展開が阻害されたのは当然のこととして、西側の左派も、ソ連型マルクス主義との違いを示さねばならない、という意味でのプレッシャーを受けるようになった。

様々な制約を課されたドイツ現代思想は、フランスのポスト構造主義のように、理性的主体の限界を見つめ、主体化される〝以前〟の記号や言説の戯れの連鎖を探求する方向を取ることはできず、かといって、英米系の分析哲学や正義論のように、分析し、語る「主体」としての〝私〟を括弧に入れたまま厳密な論理的体系を構築することもできないまま、悶々と〝自らの過去との闘い〟を続けてきた。

・・・ドイツ固有の事情はあるとしても、傍から見れば、ナチス・アレルギーから忌避されたニーチェやハイデガーなど現代思想的に「おいしい」ところを、フランス・ポストモダンに持っていかれた感じがする。「真っ当な」思想というのも悪いわけじゃないけど、面白味や魅力には欠けるだろうし、「過去との闘い」に拘泥したままだと見失うものも多いような気がするし、今後のドイツ思想に生産的な展開が望めるかというと難しいかも。

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2014年12月22日 (月)

格差是正は税制改正で

今月、『21世紀の資本』の邦訳が出た。今年の経済書では最大の話題となった本である。著者はフランスの経済学者トマ・ピケティ氏。本日付日経新聞の「展望2015」と題されたインタビュー記事からメモする。

「過去200年の成長と富の歴史を見ると、資本の収益は一国の成長率を上回る。労働収入より資産からの収入が伸びる状況だ。数年なら許容できるが、数十年続くと格差の拡大が社会基盤を揺るがす」

「日本に顕著だが〈成長力の落ちた先進国では)若者の賃金の伸びが低い。第2次大戦後のベビーブーム世代と比べ資産を蓄積するのが非常に難しい。こうした歴史的状況において、中間層の労働収入への課税を少し減らし、高所得者に対する資産課税を拡大するのは合理的な考えだと思う。左翼か右翼かという問題ではなく、歴史の進展に対応した税制のあり方の問題だ」

「グローバル化そのものはいいことだ。経済が開放され、一段の成長をもたらした。格差拡大を放置する最大のリスクは、多くの人々がグローバル化が自身のためにならないと感じ、極端な国家主義(ナショナリズム)に向かってしまうことだ」

・・・グローバル化と格差拡大について、経済学者の分析と解決に向けた提案がこれからも途切れることなく出てきてくれるように願う。

さて『21世紀の資本』、700ページ超、ほぼ6,000円の「専門書」を買って読む人はどれくらいいるのだろう。とりあえず一般サラリーマンは、r>gの式、資本収益率は経済成長率より大きい、ってことを覚えときゃいいかな。まあ証券会社のサラリーマンとしては、投資は金持ちがさらに金持ちになる手段、というのは実感するところですが。(苦笑)

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2014年12月21日 (日)

ALS患者に教えられること

今日の午後、難病ALSの番組(テレビ朝日)を見た。患者の富川さんという女性は、この8月に46歳で死去。テレビ朝日の富川悠太アナウンサーの従姉であるとのこと。

ALSは発症すると神経が侵されて全身の筋力が低下。身体が動かなくなり、最後は呼吸困難になって死亡する。原因は不明、現在のところ治療法もない難病である。

呼吸困難に陥った時、人工呼吸器を喉に付ければ延命できるが、発話能力を失い、コミュニケーションは容易ではなくなる。富川さんは、自分を介護する両親の負担も考えて、人工呼吸器を拒否したという。

今年はNHKの番組でも、ヒロさんという30代男性の患者を見た。人工呼吸器を付けたヒロさんは、文字盤を使ってコミュニケーションする。ブログや本を書くなどの活動も行っている。まだ若いので、闘病する意志や気力があるのだろうと推測する。

夏場にちょっと話題になった「アイスバケツチャレンジ」も、ALSの治療・研究を支援するための寄付を求めるイベントだった。

ALSとは別の話だが今年、安楽死の意志をネット上で公表して、11月に予告通り死去した若い米国人女性がいた。脳腫瘍を発症して余命宣告も受けていたのだが、論議を呼んだのは記憶に新しい。これはいわば「病苦による自殺」だろうから、周囲の人が自殺幇助罪に問われなければ、選択肢として認められてもいいような気がする。

富川さんの場合は、無理に延命しない尊厳死ともいえるのだろうが、結局自分の身体のことは自分ひとりで引き受けるほかないのが現実なので、当人の意志を尊重するしかないと思われる。このような不治の病に冒された患者の辞世の覚悟の在り方は、当然ながらいずれは死すべき我々にも無縁のものではない。

いずれにせよ患者さんたちは、動かなくなっていく身体を抱えながら、自分にできること、自分のやるべきことを見定めて、人生を全うしようとしている。そのような患者さんたちのことを想うと、左足に軽い障害のある自分も、もっと根性出して生きなければ、と思う。

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2014年12月19日 (金)

コント55号「野球拳」の頃

日経新聞「私の履歴書」。といえば著名な経営者の書くものという感じだが、今月はなぜか(笑)萩本欽一氏。言わずと知れたコメディアン「欽ちゃん」である。本日付の第19回では、「野球拳」のことが語られていた。あったなあそんなの、と思い出しつつメモ。

69年4月、日本テレビで「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」がスタートした。日曜夜8時。裏番組とは民放各局があの手この手で挑んでは跳ね返されてきた厚い壁、NHKの大河ドラマだ。

いろんなコーナーで構成する番組の呼び物は野球拳。でも子どもを持つ親御さんや学校の先生たちに「低俗番組」とさんざんたたかれた。それもそのはず。僕と(坂上)二郎さんが若い女優さんや女性のタレントさんとじゃんけんをして、負けた方が着ている物を1枚ずつ脱いでいく。

野球拳は松山市に伝わる伝統芸。それをお色気たっぷりのショーに仕立てた。じゃんけんは主に二郎さんがやったけど、強かったなあ。

7月6日に視聴率29.3%を記録。大河ドラマ「天と地と」をわずかに上回ったものの、世論にぶっとばされる形で、番組は1年で打ち切られた。

・・・「や~きゅうす~るなら~こういうぐあいにしやさんせ、アウト!セーフ!ヨヨイノヨイ!」――確かに当時、「低俗番組」として槍玉に挙げられてたな。公開番組で、脱いだ物(服のほかアクセサリーや靴なども)は会場で競りにかけられた。代金は寄付されていたと思う。ステージにはカーテン付きの簡単な更衣室が置かれて、相手がその中に入っている時に、二郎さんが「想像しましょう」と言うのがお約束。
しかし昔は大河ドラマの存在感は大きかったんだな。今では考えられないが。何にせよ、45年も前、大昔の番組の記憶があるんだから、自分も長生きしてるよな。

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2014年12月18日 (木)

ハムレットという「時代精神」

今月のNHK・Eテレ「100分de名著」は、シェイクスピアの『ハムレット』。河合祥一郎・東京大学大学院教授は、『ハムレット』は哲学的にとても深い、と言う。ハムレットの行動、それは時代の「精神」を体現している。以下にテレビテキストからメモする。

『ハムレット』が書かれた1600年頃はルネサンスの時代であり、ちょうど中世と近代のはざまの時代です。 

中世における自我は、自分ひとりで存在することはできず、常に神とともに受動的に世界に在るというものでした。それに対して、ルネ・デカルトの「我思う故に我在り」になると、神よりも理性を信じる時代となり、自分ひとりで考え、それによって主体が自立的・能動的に世界に存在することができる。それが近代的自我のはじまりです。デカルトの『方法序説』(1637年)はちょうどシェイクスピアの一世代あとなのです。 

逆に言えば、シェイクスピアの『ハムレット』は、デカルトに先んじて、近代的自我の原型のような主体を提示しているとも言えます。ただ、神とともにある中世から近代へと移り変わってゆくなかで、作者であるシェイクスピア自身も揺れ動いていて、熱情のなかで生きるという中世的な生き方と、理性で考えて生きるという近代的な生き方のはざまで揺れているのです。結論から言ってしまうと、ハムレットは近代的自我に引き寄せられていくけれども、けっきょく近代的自我では解決せず、最後はやはり「神の摂理」に委ねる――俺がひとりで悩んでいてもしょうがないのだ、という大きな悟りに至ります。

・・・シェイクスピアと言えば思い出される福田恒存の、「人間は自由を求めてはいない、必然性を欲しているのだ」という考え方に通じるものがある。ような気がする。

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2014年12月13日 (土)

ティーガー戦車なのだ。

戦車好きなら見るべし、という噂のアメリカ映画「フューリー」を見た。第二次世界大戦末期の1945年4月、降伏寸前のドイツ国内で戦うアメリカ戦車兵5人の物語なのだが、特筆するべきは、当時の戦車そのものが登場するということ。アメリカ軍のM4シャーマン戦車はもちろん、ドイツ軍の戦車も本物のティーガーⅠ型なのだ。これは世界で1台しかない走行可能な車両だという。

ところで、ティーガーって、昔はタイガー(英語)、ティーゲル(独語)と表記してた。同様に今パンターって呼んでる戦車はパンサー(英語)、パンテル(独語)だった。「ティーガー」は今時のドイツ語発音らしいんだが、自分のような昔の戦車少年には何となく違和感もある・・・のはさておき。

映画の主役はブラッド・ピット演じる、「ウォーダディー」(戦争オヤジ)とあだ名される軍曹、そして彼のチームが乗り込む、「フューリー」(激怒)と名付けられたM4A3E8戦車。映画が始まり、ティーガー戦車の登場を心待ちにすることおよそ一時間半、ようやく姿を現したティーガーはシャーマン戦車隊4台と対決。その88ミリ砲の圧倒的な威力で、シャーマン3台を次々に撃破するが、最後はブラッド・ピットの戦車に後方に回り込まれて、仕留められてしまうのだった。

この戦車戦の場面(5分程度か)だけを目当てにすると、全編135分の映画は長いなと感じる。この辺は要らないなと思える場面もあるし、ちょっとワザとらしい話の展開もある。何しろ最後、軍曹が絶望的な闘いを挑む気持ちがよく分からない。動けない戦車はまさに「鉄の棺桶」になるほかないし。300人と戦えば当然5人全滅すると思ったら、一人だけ生き残る。それも若いドイツ兵が気まぐれにも?見逃してくれたから・・・全体的にリアリティがあるようなそうでもないような、グダグダした気分が残る作品だった。

Photo_2
さて、上の画像は、高荷義之画伯のティーガー戦車。先日行った「高荷義之」展開催中の弥生美術館で購入したポスターの画像です。この美術館を訪れたのは「大伴昌司」展以来2年ぶり。どっちも、まさに「昭和の少年」のための展覧会でありました。

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2014年12月 6日 (土)

「新しい世界史」を目指して

歴史学の新たな潮流を背景に、世界史を学び直す意義は大きくなっていると感じる。本日付日経新聞文化面記事(「脱・西洋の世界史」記そう)からメモ。

日本の歴史研究者が「新しい世界史」を模索している。西洋中心の価値観や国家の枠組みを絶対視する見方から脱却する必要性はすでに指摘されており、いかに叙述するかが問われている。世界全体を視野に入れ、様々な人間集団が交流した軌跡を描くことで、グローバル化した現代世界に対応した教養としての世界史を目指す。 

明治以降の日本における世界史の研究・教育は、19世紀にドイツやフランスで生まれた近代歴史学の輸入に始まる。国民国家の枠組みに従って時系列に叙述するスタイルは、歴史を相互に独立した日本史(国史)、西洋史、東洋史の3本立てで捉える枠組みを作り上げた。 

1970~80年代になると、世界史を各国史の集積と捉える見方は揺らぎ始める。米国の社会学者ウォーラーステインの「近代世界システム」論など、国家より広い範囲で歴史を捉える「グローバル・ヒストリー」研究の動きが活発になった。しかし「近代世界システム」論も西洋中心の理論であることに変わりはない。近年の新しい世界史は西洋中心主義そのものに再考を迫っている。 

グローバル化の時代には西洋だけでなく、日本、アジア、イスラームなどあらゆる中心史観を克服した歴史を目指すべきだとの主張もある。

・・・近代国民国家の自己正当化の物語として始まった歴史学も、グローバル化の中で変容していくというのは分かる。さらに西洋中心主義の物語も書き換えを迫られているというのも、分かるといえば分かる。しかしあらゆる中心史観を脱するというのは、あんまり具体的なイメージがわかない。よく言われる、ヒストリー(歴史)はストーリー(物語)であるならば、中心の無いところで物語は成立しないだろうな、という感じがする。

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