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2014年10月14日 (火)

「シラケ世代」の思想的原点

「シラケ世代」の生み出した「オタク文化」こそ「クールジャパン」の源流である、という日経新聞(10/12付)の記事を見た。そこで「シラケ世代」は、次のように説明されている。

団塊の世代の後、おおむね1950年代後半から1960年代前半生まれ。70年代から80年代前半に青春期を送った世代は、団塊に比べ政治に無関心で生活でも無気力という印象から、「三無主義(無気力、無関心、無責任)」のシラケ世代と呼ばれた。

・・・年号で言えば昭和30年代生まれのシラケ世代に自分も属しているわけですが、このシラケ世代が熱中していたアニメやアイドル、かわいいものが今の「クールジャパン」につながっていると言われれば、否定はしないけど、それだけで語られるのも何だかなあという感じがする。確かに、シラケ世代は政治や社会には無関心、と見られても仕方が無いかも知れない。でもそれは行動を起こさないだけで、政治や社会について考えてはいた。つまり無思想ではなかった、と思う。

そんなシラケ世代の思想的原点といえば、浅田彰(1957年生まれ)の『構造と力』(1983)になるだろう。その浅田先生が一年前、『構造と力』刊行30周年に当たり、ウェブマガジン「REALKYOTO」に寄稿した文章(2013.9.10付)から以下にメモする。 

マルクスの言ったように、哲学は世界をさまざまに解釈してきた。しかし大切なのは世界を変革することなのだ、と。そのためには、現実に対するクリティーク(批評・批判)や、別の現実を構想するヴィジョン――それらを総合した「思想」が必要です。

僕がヒントにしたのは、ドゥルーズがガタリと書いた『アンチ・オイディプス』でした。『構造と力』では、それをモデルとして、いわばマルクスの思想をポップ化しようと思ったんですね。だから、ベスト・セラーになっても驚くことはありませんでした。次々に続編を書かなかったのは才能がないせいですが(僕にはどうしても書きたいという欲望がない、つまりは才能がないということです)、消費されることへの抵抗があったのも確かです。
 

現在、「難解」な理論や思想はもはや求められていないように見える。しかし、本当にそうか。グローバル資本主義が成立した結果、反資本主義の運動も世界中で激化している。日本でも東北大震災を契機に反原発運動が広がっている。そこで大江健三郎さんや柄谷行人さんが語る原理的な言葉が多くの人々をとらえているのは、注目すべきことです。原点に帰って現実を批判し、別の現実を構想することが、求められているのです。

・・・シラケ世代は社会に出てから、バブルとバブル崩壊、冷戦終結とグローバリゼーションという、現実認識及び価値観の大きな変動を経験してきた。言い換えれば日本の経済や企業システムの長い転換期を生きてきた。となれば、否が応でも思想的にならざるを得ない。無思想ではいられないのだよ。

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