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2014年10月25日 (土)

信長像が転換する(かも)

最近、新書で織田信長関連の新刊がよく目に付くな~と思っていたら、本日付日経新聞文化面(信長の強面イメージ修正 伝統重視、将軍・朝廷に配慮)で、まとめて紹介されていたので以下にメモ。

「信長は型破りな人物だとみられがちだが、実は先例を重んじる政治家だった」。こう語るのは東京大学史料編纂所の金子拓准教授。近著「織田信長〈天下人〉の実像」(講談社現代新書)では、天皇・朝廷にも居丈高に振る舞っていたとされる信長像を見直した。 

「信長は人一倍世間の評判を気にしていた」と言うのは、戦国史研究家の谷口克弘氏だ。「信長と将軍義昭」(中公新書)で室町幕府15代将軍足利義昭との関係を詳細にたどり、義昭が信長の傀儡だったという見方を否定する。 

信長が天下統一の野望を抱いていたという通説にも疑問を呈する研究が出ている。東洋大学の神田千里教授は近著「織田信長」(ちくま新書)の中で、「天下」は必ずしも全国を意味するわけではないと述べる。
当時「天下」は京都や将軍など限定された意味で用いられることが多かった。信長の「天下布武」は、将軍義昭による五畿内(山城、大和、摂津、河内、和泉)の平定を意図していたのではないかというのが神田氏の見方。
 

三重大学の藤田達生教授は近著「天下統一」(中公新書)で、最終的には対峙し乗り越えようとした伝統的な権威を、当初は利用して地域統合を進めた点を指摘。信長は初めから改革者だったとの見方を戒める。

・・・明治~戦前は「勤皇家」の先駆け、戦後は「革命児」というのが、信長のイメージということだが、歴史研究にも波があるというか、新たな見方が示されることにより、また信長像が変わっていく可能性があるのかも。まあ一般的な歴史ファンとしては、革新的イメージの信長は大いに魅力的だから、そのままでいいような気もするけどね。(苦笑)

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2014年10月24日 (金)

学徒出陣、そして東京五輪

10月21日は「学徒出陣」の日――まずは10/22付日経新聞記事からメモする。

太平洋戦争中、学生が戦地に送られた「学徒出陣」の壮行会から71年となる21日、秩父宮ラグビー場(東京・港)の「出陣学徒壮行の地」記念碑前で追悼献花式が営まれた。
記念碑は壮行会場となった国立競技場(新宿)にあったが、2020年東京五輪・パラリンピックに向けた同競技場の改築に伴い、近くの同ラグビー場に移設された。移設後初となる献花式では、元学徒や遺族ら約50人が黙とうし、白い花をささげた。
記念碑は改築が終わる予定の19年、再び国立競技場内に移される。

学徒出陣 太平洋戦争の戦況悪化による兵力不足を補うため、1943年10月、勅令で文科系の20歳以上の大学生らの徴兵猶予が停止され、在学途中の学生が一斉に陸海軍に出征した。同月21日に開かれた「学徒壮行会」には77校の学生約2万5千人が東京・明治神宮外苑競技場(現国立競技場)に集い、当時の東条英機首相らを前に行進した。 

・・・先日、NHKの番組(カラーでよみがえる東京)を見て、今さらながら思い当たった。学徒出陣と東京オリンピックの間は20年程度しかないのだと。20年という歳月は、55歳の自分には、それ程長い時間という感じはしない・・・。一方は雨の降る暗い空を背景に銃剣をかつぐ制服制帽姿の青年たちの行進、他方は快晴の青い空の下で赤いジャケットに包まれた若人たちの行進・・・昭和18年と昭和39年の、場所は同じ国立競技場に、余りにも対照的な光景があった。およそ20年後に平和の祭典が開かれる場所から、死地に赴いた学生たちの姿に、歴史の残酷さを思わざるを得なかった。

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2014年10月17日 (金)

「本物の投資家」とは

ファンドマネージャーの経歴を持つ小説家「波多野聖」こと藤原敬之氏が考える「本物の投資家」とは。日経新聞電子版(10/16付)記事「わたしの投資論」からメモ。

僕がいま力を入れているのは、日本人、特に普通のサラリーマンを「本物の投資家」に育てるために情報を発信することです。本物の投資家とは、定年を迎えた時点で、退職金よりも多くの金融資産を投資で築ける人です。それだけあれば、十分ゆったりと後半生を生きられますから。

そのために絶対必要なのは、将来を具体的に考え、そこから逆算していくことです。たとえば20年後、自分がどんな生活をしているかをきちんとイメージして、そのためにはいくら資産が必要なのか、そのうち給料や貯蓄はいくらで、どれだけ足りないのか、それを補うためにはどんな投資が必要なのか、という発想です。

日本人は投資が下手だとよくいわれますが、それはその部分が苦手だからです。一神教の世界観を持つ欧米人は、「神の世界」と「自分たちの世界」という、明確に分かれた2つの世界を子どものころから教え込まれています。ですから、現在から切り離された理想の将来を自然に想定することができます。

一方、日本人は「いま」に価値を置くので、どうしても手触りのあるお金に弱いんです。長期の資産形成に向かない毎月分配型の投資信託が人気なのはその証拠でしょう。日本人は、自分は投資が下手なんだと自覚して、それでもうまくやるにはどうしたらいいかを考えないといけません。それには我慢も時間も努力も必要です。

・・・「本物の投資家」になるためには、見える「いま」に捉われることなく、見えない将来を具体的に考えること。よく、投資を得意とするのは狩猟民族であり、農耕民族の日本人は下手だとか言われたりするけど、自分には藤原氏の語る、神の世界を想う想わないが投資の向き不向きに影響している、という考え方の方がリアルに感じられる。

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2014年10月14日 (火)

「シラケ世代」の思想的原点

「シラケ世代」の生み出した「オタク文化」こそ「クールジャパン」の源流である、という日経新聞(10/12付)の記事を見た。そこで「シラケ世代」は、次のように説明されている。

団塊の世代の後、おおむね1950年代後半から1960年代前半生まれ。70年代から80年代前半に青春期を送った世代は、団塊に比べ政治に無関心で生活でも無気力という印象から、「三無主義(無気力、無関心、無責任)」のシラケ世代と呼ばれた。

・・・年号で言えば昭和30年代生まれのシラケ世代に自分も属しているわけですが、このシラケ世代が熱中していたアニメやアイドル、かわいいものが今の「クールジャパン」につながっていると言われれば、否定はしないけど、それだけで語られるのも何だかなあという感じがする。確かに、シラケ世代は政治や社会には無関心、と見られても仕方が無いかも知れない。でもそれは行動を起こさないだけで、政治や社会について考えてはいた。つまり無思想ではなかった、と思う。

そんなシラケ世代の思想的原点といえば、浅田彰(1957年生まれ)の『構造と力』(1983)になるだろう。その浅田先生が一年前、『構造と力』刊行30周年に当たり、ウェブマガジン「REALKYOTO」に寄稿した文章(2013.9.10付)から以下にメモする。 

マルクスの言ったように、哲学は世界をさまざまに解釈してきた。しかし大切なのは世界を変革することなのだ、と。そのためには、現実に対するクリティーク(批評・批判)や、別の現実を構想するヴィジョン――それらを総合した「思想」が必要です。

僕がヒントにしたのは、ドゥルーズがガタリと書いた『アンチ・オイディプス』でした。『構造と力』では、それをモデルとして、いわばマルクスの思想をポップ化しようと思ったんですね。だから、ベスト・セラーになっても驚くことはありませんでした。次々に続編を書かなかったのは才能がないせいですが(僕にはどうしても書きたいという欲望がない、つまりは才能がないということです)、消費されることへの抵抗があったのも確かです。
 

現在、「難解」な理論や思想はもはや求められていないように見える。しかし、本当にそうか。グローバル資本主義が成立した結果、反資本主義の運動も世界中で激化している。日本でも東北大震災を契機に反原発運動が広がっている。そこで大江健三郎さんや柄谷行人さんが語る原理的な言葉が多くの人々をとらえているのは、注目すべきことです。原点に帰って現実を批判し、別の現実を構想することが、求められているのです。

・・・シラケ世代は社会に出てから、バブルとバブル崩壊、冷戦終結とグローバリゼーションという、現実認識及び価値観の大きな変動を経験してきた。言い換えれば日本の経済や企業システムの長い転換期を生きてきた。となれば、否が応でも思想的にならざるを得ない。無思想ではいられないのだよ。

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2014年10月13日 (月)

「テンプラ医者」の跋扈

日本の医療界には①「テンプラ医者」(白衣を着て見た目は立派だが、知識や能力不足で中身が貧弱。安物の海老天ぷらみたいな医者)、②製薬会社の介入、③厚生労働省の思惑、④日本の人口構造、という問題がある・・・と語るのは近藤誠先生。「文藝春秋」11月号掲載「健康診断が私たちを不幸にする」から以下にメモ。

テンプラ医者の典型的な診療方法はクスリ漬けです。処方されるクスリの数が多いことも特徴です。日本では、開業医でも大病院でも、患者一人に5種類以上が処方されることがザラで、10種類以上も珍しくない。テンプラ医者は検査も大好きです。 

製薬会社の介入とは、専門家たちに巨額の研究費を支給し、臨床試験でインチキをするのが一例です。医者たちは製薬会社の利益となるよう、(高血圧やコレステロールの)基準値も勝手に設定してきました。 

厚労省の思惑とは、医療に関し現状維持をはかり、あわよくば勢力を拡大することです。医療費を抑制するような政策を立てる一方、健診を推進する。健診受診者が増えれば、自然と病人が増え、医療費増大と業界繁栄につながるのです。 

これは日本の人口構造の変化とも関係します。すでに日本の人口は天井を打って減少に転じたこともあり、このままにしておいては病人が減る。そこで健診を奨励して病人を生みだし、医療費のパイを維持・増大させようと企んでいるのです。

・・・年を取れば医者と関わることも多くなるが、健診と医療介入の過剰な日本の医療環境の中で、医者の行動にもバイアスがかかっているとすれば、医者との関わりもほどほどにしておかないと、かえって自分の身体をおかしくする恐れもある、んだろうな。

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2014年10月12日 (日)

きかんしゃトーマス

Photo_2

この夏限定で、大井川鉄道を「きかんしゃトーマス」が走るというのは知っていたが、限定期間終了間際になって機会ができたというか作ったというか、自分も写真を撮ってみました。昨日11日午後2時47分頃、大井川鉄道の川根温泉笹間渡駅を通過するトーマスです。

昨日は午前中、JR東海さわやかウォーキングに参加。島田駅をスタートして、大井川を渡り、金谷駅にゴールする。途中、島田宿の大井川川越し遺跡と、新金谷駅のSLフェスタという、ポイントやイベントが織り込まれたコース。
昼からは川根温泉へ。温泉が目的、というよりは、川根茶を買いに行ったということで。川根茶大好き。
その後、帰りに駅で、走るリアルトーマスの写真を撮った。という一日でした。

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2014年10月11日 (土)

地方創生は地方分権から

昨日10日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」(国のかたち問う地方創生を)からメモする。

地方創生をめぐる安倍晋三政権の姿勢には地方分権の視点が欠けている。中央集権を維持したまま地域の活性化を目指しても、結局は中央と地方の格差を広げるだけだ。

先進5ヵ国(G5)をみても分権国家である米国、ドイツに対し、一極集中型の日英仏の低迷が目立つ。
英国はスコットランド独立の住民投票で大揺れになったが権限移譲が進むことになった。この英国の教訓に学ぶべきだ。
 

少子高齢化が急速に進み、国・地方の長期債務残高が膨らむなかでは、税財源を含む地方分権に取り組むしかない。何から何まで国が口出しするのではなく、国の機能を外交、防衛、通貨、金融、年金などに絞り込むことだ。一方で、基礎的自治体の集約化は避けられない。県を超えた広域連携も必要になる。 

補助金や交付金といった中央集権型の地方支援ではなく、税財源など権限の移譲を受ければ、自治体は選択肢が広がる。知恵も生かせる。税制優遇で企業誘致も可能だ。福祉か公共投資か、身近なおカネほど丁寧に使うから、国・地方を通じた財政合理化につながる。 

異次元の地方創生と振りかざすのではなく、本筋の改革に国、地方あげて取り組むことだ。分権なしに地方創生はない。

・・・これからの国のかたちとして、地方分権が望ましいというのは多くの人が同意すると思われる。しかし政府に地方分権をやる気があるとは思えない。とりあえず「道州制」ひとつとってみても、この20年以上、政策の話題として浮かんでは消えていくという繰り返しで、本格的に取り組む動きは全くなかったことからも、地方分権の実現はほぼ絶望的という気持ちになる。

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