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2014年8月23日 (土)

天下惣無事!

先日のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の冒頭、関白となった豊臣秀吉(竹中直人)が「天下惣無事!」を宣言していた(竹中秀吉の決めゼリフである「心配ご無用!」の手振りを付けながら言うので笑っちまった)。

この「惣無事」、最近の歴史用語かと。自分は学校で習わなかった。以下は『信長の血統』(山本博文・著、文春新書)からのメモ。天正14年(1586)末、秀吉はまず関東・奥羽の大名に向けて「惣無事」を命じる。

「惣無事」とは、領主同士が互いに合意した上での停戦協定を指し、関東ではそれまでも使われた言葉だった。
このため、「惣無事」は、「対東国固有の政策」であるという解釈がなされ、最近では、広域的かつ持続的に地域の大名領主を拘束した「令」ではない、という説まで提出されている。
 

しかし秀吉が、関東に対して一貫して「惣無事」という言葉で停戦要請をしていたことも事実である。「惣無事」という言い方は東国特有のもののようだが、九州に対しても「無事」という言葉で停戦要請が出されており、停戦を表す「無事」という言葉は上方でも使われている。 

戦国大名への停戦要請は、もともと足利将軍家の権限に由来するものだった。信長は、足利幕府再興を実現したことから、その権限の継承者としてふるまい、関東諸国への停戦要請を行った。
つまり、政策基調としての停戦命令は室町幕府以来、一貫して存在しており、天正14年12月の「惣無事」要請も、その政策の上に位置づけられるべきものである。 

こう考える時、「惣無事」は、秀吉が権力を握れば、単なる要請から、広域的かつ持続的に地域の大名領主を拘束する「令」に転化すべきものだったと見ることができる。
秀吉が惣無事を要請した個々の文書は個別的なものかもしれないが、それを総称して「惣無事令」と呼ぶことに問題があるとは思えない。 

戦国大名に停戦を要請し、天下の静謐を保つことは、室町将軍や信長といった武家政権の主が実現すべき責務だった。そして秀吉の場合は、要請に留まらず、「令」として強制し、従わない者には実力行使できるだけの軍事力をもって全国に実現させた。こうした歴史的意義は軽視されるべきではない。

・・・というようなことで、秀吉は偉大だなと単純に思う。しかし、これからは「惣無事」と聞くと、竹中秀吉の手振りが思い出されるような気がする。(苦笑)

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