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2014年6月29日 (日)

第一次世界大戦の教訓

100年前の6月28日に起きたサラエボ事件をきっかけに、世界は大戦争の渦の中に投げ込まれた。27日付日経新聞社説(1914年サラエボの教訓に学ぶ)からメモする。

第1次大戦の過程を克明にえがいたバーバラ・タックマンの名著『8月の砲声』を読むと、各国とも回避したいと思いながらずるずると、いつの間にか大戦になってしまった様子がよくわかる。 

引き金は暗殺という偶発的な事件だったが、各国は相手の出方を見誤った。構造的な要因もあった。覇権国家だった英国の力が低下し、ドイツが膨張する中で力の均衡に変化が生じていた。国内の不満を解消するため、関心を外に向ける内政的な思惑もあった。 

第1次大戦はわれわれに多くのことを教えてくれるが、今、必要なのはサラエボの含意に思いをはせることだろう。
第1は偶発的な衝突は回避しなければならないということだ。相手の出方を読み間違えず、危機を招かないためには外交努力が求められる。
第2は力の均衡の問題だ。中国の台頭でパワーシフトがおこっており、覇権国家である米
国の力の低下も相まって、バランスが崩れるときの危うさが世界に漂っているのを知っておく必要がある。
第3はグローバル化が進む中でのナショナリズムの扱いだ。政治がナショナリズムをきちんと管理できるかが焦点だ。
 

「力をつけ台頭するものには国際的な連携で自制を余儀なくさせ、非軍事的な手段であれば受けいれて協力関係をつくっていく」(五百旗頭真・前防衛大学校長)
歴史はまず繰り返さない。だが学ぶべき教訓がそこにはある。

・・・100年前よりも人間は賢くなったのかと言えば、まあそんなことは全くないだろうから、第1次大戦が残した教訓は今も当然生きているわけだ。

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2014年6月24日 (火)

「島耕作」作者の仕事術

「島耕作」シリーズの作者として知られる弘兼憲史。日々「目の前のことを一生懸命やる」ことに集中してきたという、人気漫画家のハードワークをこなす時間管理術とはどのようなものか。本日付日経新聞のインタビュー記事からメモ。

締め切りを落とすのは契約違反、社会人として失格。だから僕はひたすら「締め切りを守るために必死で頑張る」ことを繰り返してきました。
僕は「小さな締め切り」(ページ単位の小刻みの目標時間)を自分で決めるんです。自分で設けた締め切りを守るという(目の前の)目標に集中することで、ゲーム感覚が生まれ、やる気を高めることができる。
 

「つべこべ言わずやってみる」ことも大切です。
まとまった量の仕事を引き受けた時、まず「手を着ける」ことが大切だと思っています。
とにかく始める。手を動かすうちに「残りのページはこうしよう」とアイデアが湧いてくることがあるんです。 

世の中「やってみないと分からない」ことばかりです。
あれこれ考える前にまず一歩踏み出す。失敗もするでしょうが、結果として大きな成功に近づくことができる。うまくいかなかったらすぐにやめればいい。あるいは修正すればいいと思います。
 

実社会でも仕事ができる人には優先順位を判断する「段取り力」があります。次に起こり得ることを常に想定し、計画的に物事を進める。段取り力がうまい人は、気配りも上手。だから自然と周囲に信頼され、結果として出世していくものです。

・・・世の中、やってみないと分からないことだらけ。全く同感。最初にできるできないを考える、あるいはやる気が出るのを待つ、そんなことより、とにかく始める、手を着ける、手を動かす。身体的な動作を先行させれば、気分も次第に追いついてくる。はず。

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2014年6月21日 (土)

米国経済は長期停滞?

年初からの米長期金利(10年国債利回り)の低下は、経済の静かな構造変化を映していた可能性もある――本日付日経新聞国際面「点検・米景気の実力(「長期停滞説」の波紋」)からメモする。

長期金利は金融政策、成長率、物価上昇率、リスクなどの予想で動く。「金利は上がる」と昨年末に広がった観測は、成長率や物価が上向くとの予想が前提だった。
だが物価上昇率は米連邦準備理事会(FRB)がめざす年2%を下回ったままだ。
 

理由は何か。「金融危機の後遺症だ」とイエレンFRB議長は言う。
FRBは雇用改善や株高、住宅の値上がりなどで危機の傷が癒えれば「成長率はやがて上向く」(イエレン氏)とみる。
 

より悲観的な見方もある。サマーズ元米財務長官の「長期停滞」説だ。金融危機前の2000年代前半に米経済は構造的な低成長に陥ったとの見方だ。バブルのさなかでも景気が過熱しなかったのはこのためだという。 

構造的な低成長を招く一因は富の集中だと、サマーズ氏や他の専門家は懸念する。上位1割の富裕層の所得の比率は1980年の30%前半から直近は50%まで拡大。お金持ちほど多く稼ぐ傾向が強まるのに、富裕層はお金をあまり使わない。下位9割の層が所得の1~2%しか貯蓄しないのに対し、上位1%の層は約40%をためるとの分析もある。経済全体で消費に回るお金は減り、成長率を押し下げているという。 

人口構造の変化も響く。経済をけん引する20~64歳の人口は2000年までの10年間は14%近く伸びたが、次の10年は11%台。20年までの10年は3%台に鈍る見通しだ。住宅、自動車、日用品など各市場で消費や投資の勢いが鈍り、成長を抑える恐れがある。 

人口の伸び悩みは潜在成長率を低くする。その分、一人あたりの生産性が高まればいいが、金融危機後の設備投資の抑制もあり足踏みしている。危機前は3%あった潜在成長率が「2%に低下した」と米金融大手モルガン・スタンレーはみる。

・・・どうも、先進国経済の状況は似たり寄ったりになりつつあるらしい。いわゆる「日本化」だ。

お金持ちがお金を使わず貯め込むばかりならば、税金として「没収」して国家が代わりに使うというのも、考え方としては在りなんだろう。富裕層へのグローバル課税を説くピケティの「21世紀の資本論」が米国でブームになるというのも、理由のないことではないようだ。

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2014年6月 3日 (火)

経常収支の赤字、是か非か

経常収支の赤字は良いのか悪いのか、それが問題だ――本日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」(「良い経常赤字」と「悪い経常赤字」)の内容をメモする。

経常収支をめぐる議論が騒がしい。「日本の経常赤字が定着するのは、憂うべき事態」なのか。それとも「経常黒字が良くて赤字が悪い、というのは経済理論上ナンセンス」という経済学者の指摘が正しいのか。 

海外の事例。19世紀の米国や英国では長い間、経常収支が赤字だった。カナダは1世紀余り赤字基調、オーストラリアは40年も黒字を記録していない。だが経済は順調に発展し続けた。一方、破綻国家の多くで巨額の経常赤字が観察されている。近年のギリシャはその典型だ。 

どこが違うのか。経常収支の赤字とは、輸出などの稼ぎが輸入代金などの支払額を下回り、資金不足が生じたことを意味する。問題は、この資金不足を穴埋めするファイナンスが経済的混乱なくできるかどうかに尽きる。ここで「良い赤字」か「悪い赤字」かが決まる。 

オーストラリアやカナダは豊富な資源の裏付けで円滑に資本調達ができた。19世紀の米国や英国は成長国家として、資本は安定的に流入し続けた。双子の赤字と騒がれた1980年代米国にも、基軸通貨国という特殊要因があった。 

カギはその国の国家、企業、家計部門への信認である。ギリシャをはじめ歴史上数多くの国家が破綻したのは、対外的信認が失われ、資本流入が途絶えたことによる。 

経済収支は長期的には国内の貯蓄・投資バランスで決まる。貯蓄超過ならば黒字、貯蓄不足になれば経常赤字になる。貯蓄不足が巨額になれば、赤字も資本調達の必要額も巨額になる。対外依存度が高まれば、危機が生まれやすくなる。 

日本は今、二つの貯蓄不足問題を抱えている。一つは巨額の財政赤字。もう一つは人口の高齢化を背景とした家計貯蓄率の急低下である。このまま続けばファイナンスに不安が生じる。経済収支赤字化の足音は、日本が抱える二つの病への警鐘である。

・・・赤字会社も、とりあえず銀行が金を貸してくれる間は倒産しない。乱暴かも知れないが、まあ国家も同じと思っていいんだろう。しかし、日本は資源国でもなければ成長国でもないし、いわんや基軸通貨国でもない。このまま貯蓄不足が深刻になって、対外依存度が高まった時に、日本の信認が長期に亘り維持できるかといえば、何だか心許ない。ならば、経常赤字の是非は自ずと決まるということだろう。

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2014年6月 1日 (日)

カール4世の「金印勅書」

神聖ローマ皇帝、カール4世が発布した「金印勅書」(1356年)。皇帝選挙を制度化したこの法令において、皇帝を選ぶ権利を持ついわゆる「選帝侯」7人のメンバーから、なぜハプスブルク家が外されていたのか。昨日の朝日カルチャーセンター「神聖ローマ帝国とハプスブルク」(皆川卓先生)講義資料からメモする。

金印勅書は皇帝の選挙手続きを定めると共に、今後皇帝を選ぶ選挙権を持つ諸侯「選帝候」を限定。3人の聖職者諸侯であるマインツ大司教、ケルン大司教、トリーア大司教と、4人の一般諸侯であるボヘミア王、ライン宮中伯(のちプファルツ選帝候と呼ばれる)、ザクセン公、ブランデンブルク辺境伯である。カールのルクセンブルク家が君臨するボヘミア王が入っている反面、ハプスブルク家のオーストリア公とヴィッテルスバッハ家のバイエルン公は外されている。 

多くの歴史家はこのことから、帝位争いのライバルであったハプスブルク家とヴィッテルスバッハ家を選挙権者から外すのが、「金印勅書」の目的であったと推定している。
しかし最近は、ドイツの法制史家アルミン・ヴォルフの発表した新解釈が支持されつつある。
 

ヴォルフによれば、「選帝侯」となった諸侯は、全てこれまでの神聖ローマ皇帝の即位式で儀典を務めた聖職者か、初代神聖ローマ皇帝オットー1世(911~73)の女系のみで繋がる子孫である。これに対して、ルクセンブルク、ヴィッテルスバッハ、ハプスブルクの3家は、オットー1世と男系および女系でつながり、選ぶ側の諸侯よりも明らかに過去の皇帝に近い血統である。これは、はるかに格式が高いことを意味する。
従って皇帝選挙は、初代皇帝の広い意味での「ファミリー」による家長選びであり、3家はその中で「選ぶ側」ではなく「選ばれる側」(つまり皇帝の有資格者)であったと推定される。 

この説によれば、ハプスブルク家が「金印勅書」を恨む筋合いは全くなかったことになる。しかし、皇帝カール4世は、一つだけこの「隠された掟」を破る条項を滑り込ませておいた。それは自家ルクセンブルク家のボヘミア王を「選ぶ側」=選帝侯にも入れていることである。従って「金印勅書」の発布によってルクセンブルク家は他の2家にもない「自分で自分を選ぶ」お手盛りの特権を得たわけで、ルクセンブルク家が帝位争いで一歩リードしたのは否定できなかった。

・・・皇帝選挙を自らに有利な仕組みとしたルクセンブルク家だったが、金印勅書からおよそ80年後に断絶。帝位の転がり込んできたハプスブルク家は以後、皇帝世襲体制を確立していくことになる。

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