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2014年3月23日 (日)

信長と家康の「自己神格化」

学校では教えてくれない日本史の授業 天皇論』(井沢元彦・著、PHP文庫)から、織田信長及び徳川家康が天皇家に対抗するために「自己神格化」を図ったことについてメモする。

信長についてはさまざまな説がありますが、私はやはり天皇家を超える存在になろうとしていたのだと思います。

これは最近の安土城発掘でわかったことなのですが、どうも安土城の本丸のすぐ横で、一段下がったところに、天皇をお迎えするための御殿が建てられていたらしいのです。
信長が本丸から天皇を文字通り見下ろす構図になっているのです。
信長は天皇を超える権威を得るために、安土城を使って自ら神になることを目指していました。
私には、安土城が信長教の神殿だったのではないか、と思えてなりません。

日本は、昔から人間を神様に祀る習慣のある国です。しかしそれはたとえば菅原道真しかり、崇徳上皇しかり、平将門しかり、怨霊のたたりを恐れた他の人々が御霊として祀るというものでした。
周囲の人々に神と祭り上げられるのと、自ら神になるというのでは大きく違います。
実際には、自ら宣言して神になるということを達成したのは、家康ですが、信長のチャレンジと準備があったからこそ、秀吉の豊国大明神というステップを経て、家康が成し遂げることに成功したと言えるのです。

「東照大権現」という彼の神名には、明らかに天皇家の祖神である「天照大神」への対抗心が表れています。つまり、どちらも神の子孫であるということで、天皇と将軍の権威を対等であるとしたわけです。

自らを神格化するという野望を成し遂げた家康も、明治維新で大ドンデン返しを受けるわけですから、結局は天皇家を超えることはできなかったと言えます。

・・・信長や家康という神レベルの英傑でも、歴史を背負う天皇家を凌駕することはできなかった。それが良かったのか悪かったのか、正直自分にはよく分からない。

ところで、著者の「安土城=信長教の神殿」説の前提にあるのは、例の内藤晶の復元(吹き抜け構造の天守中央に宝塔が置かれている)なのだが、いくら幻の城とはいえ、これはちょっとやりすぎ感のある想像図。最近のNHK番組で見た安土城は、土台の不等辺七角形の中央を、部屋部分の四角形が占めて、その周囲は不定型な渡り廊下という設計で、こちらの方が現実的というか実用的な感じがした。まあ神殿とまではいかなくても、安土城は天下の中心のシンボルとは言えそうだな。

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