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2014年1月 4日 (土)

東京オリンピックの頃

2020年東京オリンピック開催が昨年決まり、年が明けた今年は1964年東京オリンピックの50周年。当時、安岡章太郎の書いた「途上大国のハシカ、オリンピック」(講談社発行の『歴史の温もり』に所収)からメモする。

「オリンピックを東京へ――」
これはなにも、運動会や駆けっこが三度のメシより好きだという人たちの願いであっただけではない。また、乗り物や宿屋の番頭や客引きたちの待望したものでもない。日本列島という島国に、何千年来閉じこもって暮らしてきた私たち先祖代々の、なんとかして世界中の国のいいところへ追いつきたいという悲願が、オリンピックになったり、戦争になったり、いろいろの型であらわれているだけのことである。
(中略)
そういうことからいえば、私たちは、こんどの東京オリンピックで、日本のなかにある〝後進性〟を、いろいろな点で、イヤでも認識しなくてはならなくなるだろう。

われわれが何千年の固有の文化を受け継いでいることは間違いない。けれども西洋文明については、われわれはよくいっても、せいぜい新興成り金であるにすぎない。

頭隠して尻隠さず、ということは、どんな文明国にもあるだろう。しかし日本の場合は、それが政治や経済的な理由によるものだけではなくて、異質の文明を中途から受け継がされたことから、文化的な面でいろいろとシリが割れているのだから、これはたとい他の面でどんなに努力しても、ちょっとやそっとの年月では調整しきれないチグハグさなのだ。

・・・作家にとってオリンピックは、遅れた島国である日本が一度はかからなければならない「ハシカ」であった。そして半世紀。「ちょっとやそっとの年月」ではない、充分に長い時間が経ったと思える。もはや我々は「後進性」は払拭したかも知れないが、余りに西洋文明化されて、むしろ固有の文化を忘却しつつあるようにも見える。

そんな中で決定された2020年東京オリンピック。その意義とは何だろう。経済成熟国の「成長戦略」の一環なのか。「夢よもう一度」という郷愁にも似た情熱なのか。それとも単に国家的イベントで盛り上がりたいだけなのか。体育不得意少年だった自分には、正直よく分からないのだった。

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