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2014年1月20日 (月)

宗教改革と近代ドイツの統一

ルターの宗教改革を近代の始まりとする見方は、近代ドイツ国家統一のための「イデオロギー」だった――『神学の起源』(深井智朗・著、新教出版社)からメモする。

実は、16世紀の宗教改革こそが中世の終わりで近代の始まりであるという主張、あるいはカトリック的な中世に対するルターの宗教改革によって生まれたプロテスタント的な「キリスト者の自由」という主張が近代の始まりだという見方は、きわめて政治的な命題で、19世紀になってようやく国家統一を果たしたドイツの「政治神学」として採用された比較的新しい見方であると言ってよい。つまりこの命題自体がドイツのナショナリズムの産物なのである。 

1871年にようやく全国統一を果たして遅れて登場してきた中欧の大国ドイツは、日本と同じように富国強兵を掲げ、ヨーロッパの中心、もっともヨーロッパ的な国家としてのドイツというイメージを、フランスとイギリスに対して、そして実は国内向けにも示さねばならなかった。このような国家戦略に積極的に協力したのが実はこの時代のプロテスタント神学部の教授たちだった。別の見方をすればこのこの時代のドイツにおいて神学は統一国家をイデオロギー的に補強する政治的役割を社会の中で果たすことを求められていたのである。 

大ドイツ主義というのはオーストリアなどドイツ語を話す国家を包括するという構想であったが、実際にはプロイセンを中心にいわゆる小ドイツ主義で国家統一を行うことになったのである。その時出来上がった、ヴィルヘルム一世を皇帝にいただくこの国家は、カトリックであるオーストリアやフランスに勝利して、ヨーロッパの中心に、神の恩寵のもとに建国されたプロテスタント国家としてのドイツであるというスローガンを掲げた。プロテスタント神学はこのような国づくりのためにそのスローガンを提供したのである。それが「近代的自由をはじめて手にしたルターとその宗教改革」というものだった。

・・・国家はすべからく自らの建国を正当化する物語を必要とする。近代ドイツ国家にとって、その物語は神学に由来するものだった。古代国家の起源が宗教や神話で語られるのは了解しやすいが、近代国家といえども、その国家統一の物語の源泉は宗教的なものだということになる。そして明治の日本も、国家神道を柱に近代化した事情は似たようなものだと思われる。

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