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2014年1月 3日 (金)

戦中派の「靖国」観

一年前、92歳で亡くなった安岡章太郎は、靖国神社に対して、懐かしさと腹立たしさと二つの想いがあると書いている(「九段 靖国神社」1984年発表)。懐かしさは、作家の通っていた市立一中(現九段高校)が靖国神社に隣接していたことに由来する。そして腹立たしさは――歴史エッセイ集『歴史の温もり』(講談社)からメモ。

では、靖国神社に腹が立つのは何のためか? これは自分が軍隊に入って、しょっ中、靖国神社という言葉を聞かされるようになったからだ。兵隊が「靖国神社」といえば、それは死ぬことなのだ。(中略)僕らは訓練中、何か失敗すると、たちまちドナられる。
「お前ら、野戦でそんなことをやってると、すぐさま靖国神社行きだぞ」

しかし、これはまだいい。僕が靖国神社という言葉をきいて、しんからイヤになったのは、慰問演芸団がよくやる『九段の母』とか、『靖国の妻』とかいう舞踊つきの歌をきかされてからだ。

夫が名誉の戦死をとげ、靖国の神となったのを悲しむことは〝非国民〟だと言われかねない風潮が、たしかにあの時代にはあったのだ。そして僕ら兵隊は、まかり間違っても靖国の神になることを拒否することは、絶対に許されなかった。

何年か前に、東条英機元大将がコッソリ靖国神社に合祀されているのが、左派系議員によってバクロされるというへんな事件があった。東条氏が合祀されるにふさわしい人物かどうか、ここではそれは問わないとしても、国民に知られないようなかたちで合祀したということ自体、不愉快であり、神事にふさわしくないことだと思う。

・・・エッセイの末尾には、久しぶりに母校を訪ねた作家が、靖国神社にも立ち寄り、戦友たちのことを想い出しながら、お参りしたことが記されている。

やはり靖国神社について何かを語る資格があるのは「当事者」、つまり戦争経験者や戦死者の関係者だけなんだろうと思う。我々戦争を知らない者が、英霊がどうとか言うのは僭越至極というか、観念的な物言いにしかならないような気がする。

作家も言及しているA級戦犯の合祀は1978年(事実が明らかになったのは翌79年)。以降昭和天皇は参拝しなかった。その極めて重い判断の意味を、戦争を知らない総理大臣が無視してよいとは思えない。

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