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2014年1月25日 (土)

「終末の遅延」と神学の誕生

なぜ神学という学問が生まれたのか。『神学の起源』(深井智朗・著、新教出版社)から、要約の形でメモしてみる。

「イエスは神の国の到来を説教したのに、やってきたのは教会だった」という言葉がある。この指摘は、キリスト教宗教の誕生が、実はイエスの教えとは全く違った方向に展開したことを示している。

「終末の遅延」という意識と、神学の誕生は深く結びついているようだ。イエスはラディカルな終末論を唱えて、十字架につけられた。イエスの弟子たちの最初の、「神学的な努力」のひとつは、「この世の終わりはまだ来ていない」という現実について説明することだった。(イエスの教えを解釈した聖書も、神学的行為だったと言える)

「神の国の到来」あるいは「この世の終わり」という教えは、当時の「この世」であるローマ帝国を否定する危険な革命思想だった。しかし、多神教のローマ帝国の支配者は、自らの権力の正統性(神に選ばれた者)を保障するため、一神教のキリスト教を帝国の宗教として採用した。これにより、「この世の宗教」となったキリスト教側も課題を抱えることになった。イエスの教えを基本としつつ、政治や経済、教育や文化などについて考え、説明する必要が出てきたのである。そこで、神学が生まれた。

今のキリスト教や神学は、イエスの教えを核に持ってはいるが、それと単純に直結するものではない。その間にあった二千年の歴史を消し去ることはできない。神学はイエスの教えを、それぞれの時代や地域の言語や文化という枠組の中で表現してきた試みだと言えるだろう。

・・・キリスト教は歴史的に形成されてきた。キリスト教そのものがイエスの教えの解釈の上に成立している。そして、そのキリスト教を解釈してきたのが神学の歴史ということになる。

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