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2013年12月 6日 (金)

「ルネサンス」的皇帝の輝き

神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世(1194~1250)といえば、まるで中世キリスト教世界を超越したかのような事績から、ルネサンス人の先駆けとも評価されている君主。まずは文庫クセジュの新刊『シチリアの歴史』からメモする。

フリードリヒ二世は、コスモポリタンな精神の持ち主だった。幼くして彼はフランス語、ギリシア語、イタリア語、アラビア語を学んでいた。比類ない知性に恵まれた彼は、科学、哲学を育成し、イタリア詩派創設者の一人となった。その教養、政治思想、宗教的無関心、鷹揚さ、理性崇拝のゆえに、フリードリヒはルネサンス期のイタリア君主に比肩する。彼をみるとき、われわれはマキャヴェリの同時代人たちを思わずにはいられないのである。

もう一冊、新潮文庫『ルネサンスとは何であったのか』(塩野七生)からメモする。

フリードリッヒがローマ教会に突きつけたのは、より根源的な政治と宗教の分離であり、これはもう15世紀のマキアヴェッリの、そして18世紀になって起こる啓蒙主義の、前ぶれとしてもよい「ライコ」思想による中世体制への挑戦でした。 

※ライコ(laico、伊):神の存在の否定まではしないが、宗教が関与する分野と関与すべきでない分野の区分けを、明確にする考え方を採る人のこと。 

中世から脱しつつあったヨーロッパの心ある人々には、後のヨーロッパ諸国の形成に影響を与える「ライコ」的な国家のモデルが、彼が実現しようと努めた帝国にあることを理解できたにちがいない。また、真の国家とは政治や軍事のみでは成り立たず、経済も学問も文化も重視されてこそ文明国であるといえることも、彼の成した数々の業績から学んだはずです。それに加えて、フリードリッヒが体現した資質豊かな指導者の像。これこそが、ルネサンスが生むことになる、再生し自立した人間の形であるのですから。

・・・つい先日のこと、塩野七生が書いたフリードリヒ二世の本が今月出ると聞いて驚いた。2年前、カントーロヴィチの大著の翻訳が出た時も驚きつつ、とにかく読んだが、塩野本もいちおう読まなきゃいけないんだろうな~とか思ってるところ。あとは高山博先生にも、フリードリヒ二世で一冊書いて欲しいんだけどな。

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