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2013年12月21日 (土)

フェデリーコ2世と古代ローマ

マンガ家ヤマザキマリがエッセイ『男性論』(文春新書)の中で、フェデリーコ2世について語っている部分から以下にメモする。

古代ローマ的精神性とバイタリティを全身全霊で受け継いで復興させようとしていたのが、神聖ローマ帝国のフェデリーコ2世(ドイツ語読みではフリードリヒ)という人物です。
父親は神聖ローマ皇帝。母親は南イタリアを司っていたノルマン朝シチリア王国の王女コンスタンツァ。
シチリア王国とは西ローマ帝国が崩壊してしばらく後、シチリアのパレルモを中心に、北方から船に乗ってやって来たノルマン人によって築き上げられた王朝。
フェデリーコは当時、多様性の極みともいえる環境にあった国際都市パレルモで、学識ある選りすぐりの
聖職者たちによって最高の教育を施されます。 

当時十字軍遠征はいまだ収束には至っていませんでした。しかし、彼はその巧みな外交術を発揮して、キリスト教とイスラム教、どちらの宗教観にも無理なコンディションを強制しない無血の平和条約を締結させます。 

フェデリーコは中世時代にあって、中央集権的な国家体制こそが必要だと考えていました。
彼が理想とした中央
集権的な国家体制には抜かりのない官僚組織が必須。そこで、この時代の宗教という偏った独占的教養から飛び出して、リベラルな感性に基づいたさまざまな分野におけるオーソリティを育むことこそ、国家強壮の基本的理念と考えた。そうして、教会から独立した教育機関としてナポリ大学も創設するのです。 

フェデリーコは(シチリア王国の統治体制に)合理的で体系的な法律を導入することを考えます。シチリア王国の法典はローマ法の緻密な研究を基本にしたもので、中世ヨーロッパにおける最も完璧な成文法体系になりました。宗教ではなく、法による国家と民衆の統制を理想と考えたフェデリーコが参考にしたものは、カトリック教会の法体制ではなく、まさに古代ローマの繁栄の軌跡だったのです。

・・・フェデリーコはハドリアヌス帝を彷彿とさせる、というヤマザキマリらしい見方も示されているけど、それはさておき、古代精神の復興が中世を乗り越えて新しい時代を開く道につながる、というのがルネサンスの「逆説性」であるならば、フェデリーコ2世は、この「歴史の逆説」を体現した人物であるように思う。

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