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2013年11月11日 (月)

日本史を二分割して見る

歴史をつかむ技法』(新潮新書)の著者、山本博文・東京大学史料編纂所教授によると、日本史は大きく二分割してとらえることができる。「週刊東洋経済」今週号(11/16号)掲載のインタビュー記事からメモする。

史実をとらえるには、まず政権の流れを知るのがよい。政治の動きの本質にあるのは、古代史においては天皇の「血筋」をめぐる争いだった。これがすべての政治の動因になっている。たとえば、なぜ平城京から長岡京、平安京へと遷都したのか。仏教政治の弊害を断つためと説明されることが多いが、「天武系皇統」の都を捨てたというのが本質なのだ。そこをつかむと前後の歴史もはっきりと見えてくる。こういった血筋をめぐる動きは鎌倉の末期まで続く。

そういう意味で、日本史を大きく二分割してとらえるといい。鎌倉時代までは天皇の威光がそれなりに大きく、室町幕府までは曲がりなりにも貴種ということで、清和源氏の流れの人間が日本のトップの位置を占めていたが、以降はそうではなくなってくる。新しい日本史の時代が始まる。織豊政権以降は天皇とは関係のない氏族が日本の支配者になっている。そこが決定的に違う。

・・・「日本史二分割」論で思い出されるのは内藤湖南(1866-1934)。東洋史学の大家の見立ては、応仁の乱以後が今に続く日本の歴史である。つまり日本史は応仁の乱以前と以後に分かれる、というもの。これはやっぱり正しいんだなという感じ。

今に続く日本の歴史という意味では、今の日本人の心性は江戸時代に作られたというのも、しばしば聞く話ではある。どうやら我々は、江戸時代のファウンダーである信長、秀吉、家康の影響下に今もあるのだと思われる。何だかんだ言っても三英傑の業績は大きいよ。

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