« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »

2013年11月30日 (土)

DVD「紫の奇蹟」に思うこと

しばらく前に買ったままほっておいたDVD「ディープ・パープル 紫の奇蹟」を見た。1984年に再結成したディープ・パープルは、年末から「パーフェクト・ストレンジャーズ」ツアーを始動。そのシドニー公演の模様が収められている。

特別な演出もないシンプルなステージで白熱した演奏を繰り広げるバンドの姿を見て、今さらながら思ったのは、ディープ・パープルの再結成とは、いわゆる第二期の再現以外の何ものでもない、ということだ。何が言いたいかというと、第二期のメンバーであるブラックモア、ギラン、ロード、ペイス、グローヴァ―の誰か一人でも欠けたら、即刻この再結成プロジェクトは終了、要するにバンドを解散するべきだったよな、ということ。

1984年の再結成から、途中イアン・ギランが解雇された時期もあったけど、1993年10月のリッチー・ブラックモア脱退まで、何とか第二期のメンバーで続いた9年間が、再結成本来の意義に相応しいパープルの活動期間だったと思うほかない。それはおそらくロックファンなら誰もが感じることではないだろうか。

自分は85年、91年、93年のパープルの武道館公演を見に行ったけど、さすがに93年12月のリッチー不在、ジョー・サトリアーニのサポートするライヴを見た時は、終わったなあという感覚(・・・少しセンチメンタルに言い足すと、自分の青春も含めて終わったなあという感覚)があった。

しかしその後もバンドは延々と続く。スティーブ・モーズの加入、さらにドン・エイリーの参加とジョン・ロードの脱退(そして死去)・・・リッチー脱退から20年経った今でも、ディープ・パープルという名前のバンドは存在している。再結成30周年(!)になる来年には、春の来日と武道館公演が予定されているとのこと。

70年代ティーンエイジャーである自分は、もう十分に年を取っているので、一口に20年とか30年とか言ってしまうのだが、思い返してみれば恐ろしく長い年月である。若い時に20年とか30年とか聞いたら、気が遠くなる程の長い時間に思えるし、そもそもロックバンドがそんなに長い間活動するなんて想像もつかないことだったので、何だかストレンジな現実である。

しかし今年は、ポール・マッカートニーやキッスが日本にやってきてライヴをやってんだよねぇ。一体今は何時なんだろう~って感じがする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月25日 (月)

タスカの見たバブル・ニッポン

証券ストラテジストのピーター・タスカといえば90年代、バブル崩壊後の日本に向けた鋭い分析と提言が多くの注目を集めた人物。昨今の「アベノミクス」相場で、俄かに多忙になったというタスカ氏のインタビュー記事が、ただ今「日経ヴェリタス」に連載中。今週(11/24)号掲載の第3回から、日本のバブル時代を語る部分をメモする。

(80年代後半、この国はバブルに浮かれていた)
「米国を追い抜き、21世紀は日本の時代になると本気で言う経済学者やエコノミストがたくさんいました。米国は通産省が描く産業政策をまねしようとしていた。株価はドンドン上がる。日経平均株価が10万円になると予想する専門家すらいた時です」

「収益が倍になった企業の株価は5倍に跳ね上がっていました。ボロ株でさえ1000円を超えた。ワラント債市場は株よりひどい。1日で4倍、5倍です。投機をしている人が実に多い。危ないと思い、弱気に転じました」

(「タスカ・レポート」の分析は常に市場の話題に。90年代初めにデフレを説く)
「大蔵省が不動産、四大証券は株価を支えると信じられてました。そんな時に指摘したのがデフレ経済の可能性です。資産デフレが始まるとね。笑われましたよ。株価下落は一時的な調整だとの見方が多かった。でも実態は違いました。株はボロボロ。金融システムの崩壊も時間の問題でした」

「日本の官僚は有能で、新しい資本主義を作ったと言う人もいました。デタラメですよ。日本の競争力は企業が作り出したもの。官僚が作った目標を企業が達成しようとして頑張ったのではありません」

・・・自分の記憶でも、バブル崩壊直後に出たタスカ氏の本の帯で目に入った「資産デフレの時代」という言葉のインパクトは強烈だった。まさにその後10年以上、日本経済は資産デフレ、それが引き起こした不良債権問題に苦しんだのだ。

タスカ氏は「アベノミクス」についても「変質」を指摘する。「財務省への依存が強くなっている」のは「危険な兆候」だと。果たして日本経済の行方はいかに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月23日 (土)

「近代を問う」時代があった

日本の近代、その是非を問い質す時代がかつてあった――福田恒存アンソロジー『保守とは何か』所収「近代の宿命」(昭和22年発表)からメモする。

統一性と一貫性との意識が人間の生活に歴史を賦与する。とすれば、ぼくたち日本人がヨーロッパに羨望するものこそ、ほかならぬ近代日本における歴史性の欠如以外のなにものであろうか。今日ぼくたちは近代の確立をなしえなかったことを反省している。が、そのまえにぼくたちはぼくたちの中世をもちえなかったことについて悔いるべきではなかろうか――ぼくたちがぼくたちの神をもちえなかったことを。 

明治におけるぼくたちの先達が反逆すべき神をもっていなかったこと、そのことのうちに日本の近代を未成熟に終らしめた根本の原因が見いだせよう。
ひるがえってぼくたちは近代日本にいかなる統一原理を見出せようか。また近代を過去のアンチテーゼとして成立せしめる歴史的一貫性をどこにみとめえようか。答えは、なにも、どこにも、である。
 

近代の超克とはなにごとであるか――ぼくたちは超克すべき真の近代をもたず、しかも近代の反逆超克すべき中世をもたなかった。近代ヨーロッパは神を見失った――が、それはただ神の解体と変形と抽象化とを意味するにすぎぬ。まさにそのための手続であり、過程にすぎなかったヨーロッパの近代精神とその政治制度・経済機構とをそのまま移入し、そのうちに生活せざるをえないぼくたち日本人にして、しかも神と絶縁されているとするならば、いいかえれば、個人の純粋性ではなくしてその特殊性しかもちえぬとするならば、いったいぼくたちはこのヨーロッパの近代といかに対決してしかるべきか。答えは――その確立と同時に超克とを。

確立と超克と。ほくたちの眼のまえにこの二つの矛盾することばは、つぎのように翻訳されて現れる――近代の政治的確立とその精神的超克と、しかして政治の領域と文学の領域との峻別。が、はたしてそれでいいのか。

・・・近代ヨーロッパに対する透徹した考察を示す福田恒存。しかしながらその思考に従えば、ヨーロッパ的な神や中世の歴史を欠いている以上、日本における近代の確立もその超克も、結局は虚妄に終わるほかない。そのことを一番良く分かっていたのも、福田恒存その人ではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月16日 (土)

『カール五世』復刊

日本でハプスブルクといえば江村洋。と思えるくらい、読書人にはよく知られた江村先生の手になる『カール五世』が河出文庫から復刊された。河出からは同じ著者の『マリア・テレジア』が先に文庫化されていて、そのカバー袖に「カール五世」の書名が記されていたのを見つけた時は、「おぉっ」という感じでちょいと興奮したけど、実際に『カール五世』の文庫を手にすると、よくぞ復刊されました、と素直に感心する。次は『フランツ・ヨーゼフ』が登場する模様で、江村先生によるハプスブルク主要3君主の評伝が揃うことになる。

今回新しく出た河出文庫『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』の元本は、『カール五世 中世ヨーロッパ最後の栄光』(東京書籍、1992)。最近、僕はこの作品をネットで探して古本買って読んだんですよねえ。で、この本からミュールベルクの戦いの部分を、ブログにもメモしました。

だから、復刊を知った時は正直少しビミョーな気持ちにもなりましたが、まあ個人的なタイミングのことは別にして、こういう復刊を目にすると、日本の出版業界は国の文化レベルを維持するという志を失ってはいないな、結構なことだと思うわけです。

文庫化された復刊本を購入して、とりあえずミュールベルクの戦いの部分を見ると、昔の単行本では画家の「ティチアン」が、文庫では「ティツィアーノ」に変わっているのが目に付いた。時の流れの中で、人名等の表記も変わっていくのだなと。

まあとにかく、西洋史について日本人がこなれた日本語で本を書いてくれるのは、本当に有り難いことだと思うのであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月14日 (木)

もう経済成長はない。とか。

成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(徳間書店)は、証券業界出身のエコノミスト水野和夫と、朝日新聞記者の近藤康太郎の対談本。内容は、水野に近藤が意見や質問をぶつけていく格好で進む。以下は自分的にポイントと思われる部分のメモ。

近藤:あえてすごく強引に、乱暴にまとめるとですね、結局、水野理論の中核というのは、資本主義にとって絶対に必要なエンジンがあるということ。で、それは何かというと、空間なんだ。周辺とか周縁と言ってもいいけど。
水野:そういうことですね、はい。空間が必要で、しかもそれは成熟化していない空間。未成熟な空間が必要だということです。

近藤:「成長がすべての病気を治す」。この命題の正否はどっちなんですか?
水野:正です。だけど「成長し続けることができる」という命題はダメなんですね。
近藤:なぜかというと、「空間」が有限だから?
水野:そういうことです。空間が有限だから、かつ、周辺が周辺であり続けることはないから、という理由です。

近藤:今、すごく需要のあるものもありますよ。たとえば医療や介護とか。環境問題も、エネルギーだってそうだし。農業だってそう。
ガンガン投資して、雇用も生んで、成長していけばいいんじゃないのって論、これもダメなんですか?
水野:それはいいと思います。ただ、付加価値を成長させる、名目GDPを成長させることに無理があるんだというのが、僕の主張なんですよ。Aを売り上げとして、Bを仕入れ値とすると、A-Bが付加価値、いわゆる名目GDPになる。成長はずっと持続できないですよと申し上げた意味は、この式で言うAの売り上げが増えるかどうかにかかってくるんです。
仕入れ値、原材料費のBは、どんなに頑張ってもゼロ以下にはできない。だから、売り上げであるAが伸びない限り、成長には必ず限界があるんです。

近藤:A-B=付加価値、つまり成長。この式で全部が説明できる。
水野:うふふ、ちょっと単純化しすぎていますかね(笑)。

・・・空間とか周辺とか、使い古された言葉ではフロンティア、はもう何処にもない。売り上げは伸びない。原材料費は高止まり。となれば利益成長のために、まずは人件費を削る。これが俗に言う「新自由主義」。この本の中でも「成長が止まったので新自由主義が現れた」との指摘がある。成長の限界が意識される中で、「成長戦略」があれこれ取り沙汰されてはいるけど、これも所詮、悪あがきにすぎない。ってことか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月11日 (月)

日本史を二分割して見る

歴史をつかむ技法』(新潮新書)の著者、山本博文・東京大学史料編纂所教授によると、日本史は大きく二分割してとらえることができる。「週刊東洋経済」今週号(11/16号)掲載のインタビュー記事からメモする。

史実をとらえるには、まず政権の流れを知るのがよい。政治の動きの本質にあるのは、古代史においては天皇の「血筋」をめぐる争いだった。これがすべての政治の動因になっている。たとえば、なぜ平城京から長岡京、平安京へと遷都したのか。仏教政治の弊害を断つためと説明されることが多いが、「天武系皇統」の都を捨てたというのが本質なのだ。そこをつかむと前後の歴史もはっきりと見えてくる。こういった血筋をめぐる動きは鎌倉の末期まで続く。

そういう意味で、日本史を大きく二分割してとらえるといい。鎌倉時代までは天皇の威光がそれなりに大きく、室町幕府までは曲がりなりにも貴種ということで、清和源氏の流れの人間が日本のトップの位置を占めていたが、以降はそうではなくなってくる。新しい日本史の時代が始まる。織豊政権以降は天皇とは関係のない氏族が日本の支配者になっている。そこが決定的に違う。

・・・「日本史二分割」論で思い出されるのは内藤湖南(1866-1934)。東洋史学の大家の見立ては、応仁の乱以後が今に続く日本の歴史である。つまり日本史は応仁の乱以前と以後に分かれる、というもの。これはやっぱり正しいんだなという感じ。

今に続く日本の歴史という意味では、今の日本人の心性は江戸時代に作られたというのも、しばしば聞く話ではある。どうやら我々は、江戸時代のファウンダーである信長、秀吉、家康の影響下に今もあるのだと思われる。何だかんだ言っても三英傑の業績は大きいよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月10日 (日)

父親の死というもの

作家の村上龍が、父親の死について書いた文章からメモしてみる(「父の葬儀の夜に」、『賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。』所収)。

88歳という高齢だったし、ある程度覚悟はしていた。それに、まさに眠るように、突然に息を引き取ったわけで、大往生だなと思えたのだが、さすがに喪失感にとらわれた。

何だかんだ言って大したものだと父のことを思った。亡くなる直前まで、自分で車を運転して買い物などに行っていた。亡くなった当日も、朝食と昼食はちゃんと食べた。杖もつかず、自力で行動し、絵を描き続けた。両親とも教師だったので、二人合わせると年金はかなりの額になり、経済的な依存もゼロだった。亡くなるまで、介護も受けず、誰の世話にもならず、誰にも迷惑をかけなかった。

・・・父親の葬儀が終わった夜に、作家はひとりウイスキーを飲みながら、「自分なりの供養」として、小学生の頃父親と一緒に見た映画をDVDで見直すのだが、何というのか父親への確かな敬愛が静かに伝わってくる文章だった。

私事ながら9月に、自分の父も82歳で死んだ。しかし自分の場合は、殆ど何の感慨も湧かなかった。

たぶん母親の死は、男の9割以上にとって非常に悲しい出来事だろう。しかし父親の死を男がどう感じるかは、相当個人差があるんじゃないかと思う。それは当然の事ながら、生前の父親との関係性に依るわけで。

とにかくもう自分の両親はこの世にいない。こうなると、後は自分の残りの人生を全うするだけだな、という感じになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 4日 (月)

「一発屋」という「自意識」

11月3日夜、お笑い芸人ヒロシのライブを観た(新宿シアターモリエール)。何でも単独ライブは8年ぶりとか。タイトルが「泥水」というのも、自虐ネタで一世を風靡したヒロシらしい。内容は若手芸人数人を従えたコント、独り芝居のコント、ヒロシの生い立ちからホスト時代~芸人時代の映像、ヒロシの家族(両親、弟)のコメント紹介等々で構成された、およそ一時間半のステージ。もちろん「ヒロシです」も最後にキメた。

今回のライブでは「一発屋」という言葉を核にネタが作られていた感じだが、ヒロシに「一発屋」という「自意識」は持ってもらいたくない気がする。これも、単に業界的に「一発屋」というレッテルを貼られて、それを自虐ネタよろしく受け入れているだけなのかも知れないが。

「一発屋」という言葉から自分が思い浮かべるのは、例えば「ゲッツ!」「フォ~!」「グー!」「間違いない」「そんなのカンケーねぇ」「ワイルドだろぉ」等々、いわゆる「一発ギャグ」的フレーズで売れた芸人たちのイメージ。

それに比べると「ヒロシです」は、一つの芸として成立しているよな、と思う。

「ヒロシです。鶴は千年、亀は万年、ヒロシは2年」(笑)

「ヒロシです」のスタイルはシンプルかつ完成されていて、しかもヒロシ的感性抜きには成立しない芸だろうから、これはこのままヒロシの看板芸として、ず~っとやり続けていけばいいのだと思われる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »