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2013年10月13日 (日)

貨幣と不死

中村うさぎは重病から生還したんだな。と思いつつ、中村と佐藤優の対談本『聖書を読む』(文藝春秋)から、二人が死について語っている部分をメモ。

中村:このところ佐藤さんは、人生の持ち時間ってことをよく言うんだけど。
佐藤:ちょっと関係のない話をすると、今、雑誌の編集者と話していると、マネーと健康のことしか話題にしないんです。読者の基本的関心が金と健康なんですと言う。資本主義社会の中でアトム(原子)のようにバラバラにされた人間は、この残された持ち時間を、マネーと健康のことを考えて生きているんです。僕はそれと少し違うことを考えて生きたい。人間はいつか死ぬんです。必ず死ぬ。ところが、死なないシステムというのがあるわけですよ。
中村:死なないシステムってどこにあるの?
佐藤:それが貨幣。貨幣というのは常に市場に残り続けるんです。だから、金を集めたいという思想は「不死の思想」とすごく近い。貨幣を徹底して追求するのは、永遠に死にたくないという思想とすごく近いんですよ。編集者がマネーと健康の話しかしないというのも、それなんです。人生の持ち時間に話を戻すと、人間は死ぬんですよね。だとすると、メメント・モリ――死ぬ準備をちゃんとしないといけないんです。
中村:メメント・モリというのは「死を忘れるな」ということでしょ。私はね、今もメメント・モリで生きてるの。死を忘れないで、いつか終末があると思って生きている。そうしないと堕落してしまう、という思いが私の中に刷り込まれているんです。終末があるというふうに考えると、自分の人生には限りがあり、世界にも終わりがあるわけでしょ。でも私の場合、世界の終わりというのは、全世界が災害とかによって滅亡するんじゃなくて、私が死んだら私の世界が終わるというかんじなわけですよ。
佐藤:それは僕にとってもそうだし、みんなそうだと思う。ただ、今はあまりにも、永遠に生きつづけたい人が多くてね。

・・・カネを集めることは不死を志向することだ、というのは自分も同感する話。なぜなら、この社会においてカネは万能だから。この社会ではカネが無ければ生きていけない。それが現実。カネをたくさん持てば持つほど、人は死から遠ざかることができる。カネをたくさん持つことによる万能感は死を打ち消すことができる。現実には人は必ず死ぬのだから、結局その「不死」の感覚は幻想であるとしても。

昔、「歴史の終わりと最後の人間」(フランシス・フクヤマ)という本があった。タイトルは、ヘーゲルとニーチェの言葉を繋ぎ合わせたもの。この言い方を使えば、「歴史の終わり」を生きる「最後の人間」は、金儲けと長生きのことしか考えない、ということだろうか。しかし、こんな書き方をしてしまうと、これはやっぱり「堕落」だなと思ってしまう。(苦笑)

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