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2013年7月 2日 (火)

「株主主権論」の歪み

本日付日経新聞投資・財務面コラム「一目均衡」の執筆者は末村篤・特別編集委員。昔から末村ファンの自分は、今日の文章(株主主権論からの卒業)も全部引用したいくらいの気持ちもあるが、とにかく要点だけメモする。

日本(における企業統治)の議論の混乱は、統治の空洞化を招いた(株式)持ち合いの反動で、株主権を神聖視しすぎるからではないか。統治を、復活した株主による株主価値最大化を促す仕組みととらえる問題だ。

株式会社の本質は、所有と経営を分離する有限責任と譲渡自由の株式制度にある。経営に関与するオーナー的株主を除けば、株主の多くは株式を買った投資家だ。責任限定で売却が前提の投資家は、株式の所有者でも企業の所有者とはいえない。

株式会社の歴史は、証券市場の発達や企業の巨大化に伴う株主の分散・流動化の歴史で、企業統治の要の株主総会の形骸化と総会権限縮小の歴史でもある。

現代の企業統治は、社会的影響力を増した株式会社に、広範な利害関係者間の適正な利益配分に基づく健全な企業価値の向上を促し、受託責任を負う経営者の権力の正当性を担保する仕組みと理解すべきだ。形骸化した株主総会に代わって、独立性を高めた取締役会が常時、その機能を担う。

大株主には影響力に応じた責任が生じ、経営者は株主の法外な要求から企業を守らねばならない。そのためにも、株主を尊重するが絶対視するのではない社会的なコンセンサスと、上場会社の企業統治に踏み込んで経営者と株主に規律を課す公開会社法の制定などの制度整備が課題になる。

・・・会社は株主のものである一方、株式公開(上場)会社は社会の公器である。上場会社の株主と経営者には自ずと節度が求められるのは、至極当然のことに思える。

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