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2013年7月30日 (火)

「国会至上主義」の絶望的状況

先の参院選の結果、衆参のねじれは解消された。しかし野中尚人・学習院大学教授は、国会の仕組みにはなお深刻な問題が残されていると指摘する。本日付日経新聞「経済教室」(国会至上主義、政府を阻害)からメモする。

欧州の主要国と比較した場合、日本の国会はいわば「3周遅れ」の状態にある。1周目は二院間の関係の未整備。参議院が「熟慮の府」というのは全くの誤認で、政府・衆議院多数派の意思決定や行動をストップさせる権能を持っていることについて、制度としての根本的な再検討が不可欠である。

2周目の問題は、国会と政府との関係が極端なアンバランスになっていることだ。日本では、国権の最高機関たる国会の自律性は何者にも侵されるべきではないとされている。戦前の反動といってよい。しかしその結果、国会の内部における政府の地位や権限は、極端なまでに排除されているのである。
議院内閣制においては、主要な法案の大多数は内閣が提出し、議会内部のプロセスで与党との一定の調整・修正を行いながら立法を進めるのが普通である。そしてその過程(欧州主要国の場合)では、政府がはっきりと主導権を握る形となっている。
ところが日本では、政府には何の権限もなく、従って何もコントロールできない。(そのため国対政治が不可欠となる)

3周目の問題は、国会内部の形骸化であり、合理化や多機能化といった取り組みが極端に遅れていることである。
日本の国会は、依然として会期不継続の原則(審議未了の議案は原則として廃案になる)
と審議拒否戦術を背景とした、日程闘争の国対政治に明け暮れている。そして、審議の形骸化と討論の希薄化がますます進んでいる。

・・・野中先生は、この「まともに機能しない形骸化した国会が、政府の正常な作動を阻害し、政治行動を麻痺させかねない」構図を、「ゆがんだ国会至上主義」と呼んでいる。まさに日本の国会は絶望的な状況としか言いようがない。

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2013年7月27日 (土)

ティラノサウルス像の「進化」

世間が夏休みの時期に入ると、「恐竜」の文字を目にすることが多くなる。ニッポンの夏は恐竜の夏。ということで、雑誌「ニュートン」9月号のティラノサウルス関連記事からメモします。

1902年、アメリカ自然史博物館のバーナム・ブラウンは、アメリカ、モンタナ州で大型恐竜の化石を発見した。その化石は、その後、古生物学者ヘンリー・オズボーンによって「ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex)」と命名された。ティラノサウルスは「暴君トカゲ」、レックスは「王」の意味である。

名づけ親である古生物学者ヘンリー・オズボーンが発表したティラノサウルスの復元図は、体が垂直に近く、尾をひきずっており、ゴジラのような姿でえがかれていた。当時は、ほとんどの恐竜がそのような姿だと考えられていたのだ。

その後、足跡の化石のまわりに尾をひきずったあとが残されていないことなどから、尾をひきずる姿勢がまちがいだとわかった。今では、尾が体に水平な姿で復元されている。

恐竜は骨盤の形から大きく「鳥盤類」と「竜盤類」に分類される。代表的な鳥盤類はトリケラトプスやステゴサウルスなど、竜盤類はブラキオサウルスなどだ。ティラノサウルスは竜盤類で、なかでも「獣脚類」とよばれるグループである。

現在、鳥類は小型の獣脚類から進化したと考えられている。ティラノサウルスは現生の爬虫類より鳥類に近いのだ。

2012年4月、大型のティラノサウルス類に羽毛が生えていたことがはじめて明らかになった。新しく中国で発見された、体長9メートルのティラノサウルス類「ユティラヌス・フアリ」は、全身に羽毛がはえていたのだ。それまで、ティラノサウルスの仲間では小型の種でしか羽毛が見つかっていなかった。大型種での発見により、ティラノサウルスの仲間の多くに羽毛が生えていた可能性が高まったといえる。ただし、寒い地域にすむ仲間だけが、保温のために羽毛を持っていたのではないかとする説もあり、ティラノサウルス類すべてに羽毛が生えていたわけではないと主張する研究者もいる。

・・・ティラノサウルス・レックスの復元像の変遷を辿ると、科学的知見というものはどんどん更新されていくのだなあという感慨を持つ。今では、羽毛のあるティラノサウルス・レックスの復元図も出てきて、それが真実という可能性はあるにしても、見た目だけで言えば肉食恐竜の猛々しさや荒々しさが薄まるものだから、何だかビミョー。

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2013年7月24日 (水)

「銭湯富士」はユートピア

昨日23日付日経新聞の東京版記事「粋な銭湯富士 100年の歴史」からメモする。

JR水道橋駅近くのビルに「銭湯に初のペンキ絵」と記した千代田区の銘板がある。1912年、この地にあった銭湯の主人に頼まれ、静岡県出身の画家が描いた絵が銭湯富士の最初とされる。

都内の銭湯は現在約720軒。銭湯研究の第一人者、庶民文化研究所(東京・目黒)の町田忍所長によると、このうち約230軒にペンキ絵があり、その大半が富士山の絵だ。町田さんは「やはり日本一の山。末広がりなのもいい」と話す。

銭湯富士の季節は春~初夏で、手前に海や湖、川を描くのが基本だ。富士山で清められた水が湯船を満たしている設定だという。町田さんは「銭湯に行くことは、突き詰めれば霊峰富士の水でみそぎをすることを意味する」と解説する。

銭湯で「これはどこから見た富士山か」と思い巡らすのは野暮というもの。というよりナンセンスだ。富士山を能登半島の見附島(別名軍艦島)や日本三景の宮城・松島と一緒に描くなど、あり得ない構図が多い。「壮大な虚構」こそが銭湯ペンキ絵に通底する「粋」なのである。

・・・銭湯のペンキ絵は、富士山という現実の存在に依拠しながら、どこにもない場所(ユートピア)を描いている。現実の富士山は世界文化遺産に認定されたが、銭湯の「富士山」も庶民的「文化遺産」と呼びたくなる。

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2013年7月16日 (火)

母の命日

20年前の今日、母が死んだ。

昔々僕が子供だった頃、母に尋ねたことがある。
「神様っているの?」
やや間があって、母は静かに諭すように答えた。
「いると思えばいるし、いないと思えばいないのよ」

(じゃ、いないんじゃない)と子供心に思ったが、それは口には出さなかった。

今から思うと、幼い子の質問に随分まじめに答えてくれたものだと思う。

やはり子供の頃、母が半分冗談のように、ということは半ば本気で、
「千年も万年も生きるのよ」と僕に語りかけたことがある。

かなり難しいことではあるが(苦笑)、とにかく生き続けることが、
母の与えてくれた愛情に応えることなんだろうと思う。

魂というものがあるのなら、母の魂が安らかであることをひたすら願うほかない。

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2013年7月 8日 (月)

参院改革と憲法改正

本日付日経新聞のコラム記事「核心」(がけっ縁の参議院)からメモする。

過去39回の主要国サミットに出た首脳の数を国別に比べると、日本の19人とイタリアの15人が突出する。最少のドイツはメルケル首相が4人目だ。

首相がくるくる代わる日伊両国に共通するのが「強すぎる第二院」だ。

日本の憲法は、首相指名、予算、条約で衆院を優越させるが、例えば予算が成立しても、赤字国債発行の法案などが通らないと予算執行が行き詰まる。参院が否決した法案の、衆院の再可決は3分の2以上とハードルが高い。「ねじれ」が政権の命取りになりがちだ。

イタリアは上院と下院が対等で、両院の信任がないと内閣ができず、前回総選挙後も2ヵ月ほど組閣が宙に浮いた。そのイタリアの国会が、来年10月を目標に「決められる政治」への憲法改正に動き始めた。上院の権限縮小や、大統領の役割強化などを検討する。

さて日本は。一部政党が主張する一院制はもちろん、参院を地域代表に特化するにも、衆院の再可決要件を過半数に下げるにも、憲法改正が必要。参院でも3分の2の賛成が要る。

フランス革命の指導者の一人で聖職者出身のシェイエスは、二院制の矛盾を突く言葉をのこした。
「第二院は何の役に立つのか。第一院と一致するなら不要。異なれば有害」

・・・まず参院改革を目標に掲げるんだったら、個人的には憲法96条先行改正とやらには賛成するけどな。まあ先の国会最終日における重要法案廃案の顛末を見れば、参院はもはや不要としか思えない。というか、民主党参議院議員会長が不要なんだろう。でも今度の選挙は与党勝利で「ねじれ」は解消の予想だから、そうなっちゃったら参院は結局変わらないまま存続していくんだろうな。アホらし。

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2013年7月 6日 (土)

エラスムスの「君主論」

神聖ローマ皇帝カール5世(1500~1558)は、同時代の人文主義者エラスムスの書いた『キリスト教君主の教育』をテキストとして、いかなる思想に基づいて君主は行動するべきかを学んだ。本日聴講した朝日カルチャーセンター講座「神聖ローマ帝国とハプスブルク」(講師:皆川卓先生)から、以下に紹介します。

『キリスト教君主の教育』は当初、ブルゴーニュ公フィリップのために執筆されていた。しかしフィリップは28歳で急死。その後も手を加えられた著作は1515年、フィリップの子カールに「帝王学のテキスト」として捧げられることになった。その主な内容は、

①神の意思に背く君主は滅びる。
②神は「徳」によって君主を評価する。
③君主の徳は、人民の「父」となり、「子」である人民を慈しむことである。
④諌言する臣下を大事にして、追従を言う臣下は斥けること。
⑤神と関わりのない(私利私欲の)戦争はしてはならない。

というもので、この「民を通して神に責任を負う君主」の倫理を示した書物を、カールは常に携行していたと言われる。

・・・カール5世はとても君主らしい君主、というイメージがある。それは、エラスムスの「帝王学」にある人民の「父」であれ、という理想を、皇帝が自らに課したからではないだろうか、と想像する。

同時代のドイツ宗教改革をリードしたルターも、エラスムスと交流していた。ということは、エラスムスはカール5世とルター、当時の体制派と反体制派、両方の中心人物に影響を与えていた、というのが面白い。

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