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2013年5月25日 (土)

生きる意味あれこれ

最近買った本の中で目に付いた、生きる意味について語られた言葉を以下にメモしてみる。

幼少の頃の誰もが持つ疑問こそが、人間にとって最も重要な疑問であり、その答えを探すために人生を生きるのが人間だと思う。
死ぬってどういうことだろう。死んだらどうなるのだろう。宇宙やこの世界には、果てがあるのだろうか。あるとしたら、その果てには何があるのだろう。これらは、小さい頃からずっと考え続けているのだが、いまだに答えが出ないし、きっと見つからないままだと思う。(『糞袋の内と外』石黒浩・著)

80年代にいろいろくどくどと「意味と生命」について論じたりしたが、意味も生命も静的なものでは絶対にないぞ、また動的なことでなくてはならないぞ、と強調した。要するに単純に、生きることそれ自体が意味だと言ったのに過ぎない。(『栗本慎一郎の全世界史』)

自分の人生はなんだったんだろうかと思うようになった。
なんだったか?
からっぽだった。
特に人生の意味といったものはなかった気がする。
世間的に社会的に、自分の人生の意味はないとしても、自分の内面から見れば、それなりにある種の手応えのようなものがあれば、それを支えに生きていける。
とるに足らないことであっても自分の人生の意味合いを了解しながら生きていくことはできる。
考えて了解する人生は誰もが実現できる。
自分で考えて自分だけの人生を発見していくほうが、結局、納得できる人生になる。(『考える生き方』finalvent著)

・・・生きるとは、生きてみることだ。ある程度生きてみたところで、自分の人生大体こんなもんじゃないだろか、って感じになるわけで、なるほど若い頃に自分の人生の意味をあれこれ考えても分からないはずである。そして、現実に対する一定の認識を得ることが、人生の意味と思ってもいいんだろう。それは絶対的真理とか宗教的境地とか、そんな大それたものじゃなくて、とにかく今ここで、自分が生きているその現実について、それなりに包括的な認識を持つ、というようなこと。

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2013年5月24日 (金)

デカルト的考える糞袋

身も蓋もない言い方というのがある。さしずめ「人間は糞袋」という言い方は、その最たるものだろう。だから、本屋で『糞袋の内と外』(朝日新聞出版)が目に付いた時は、いささか呆れてしまったわけだが、内容は妙に哲学的だったので読むことにした。著者の石黒浩は、自分そっくりのアンドロイドを作っちゃったことで知られる先生である。

で、「糞袋」という言葉が出てくるのは、ほぼ最初の部分に限られていて、メインは「私」が「考える」とか「生きる」とかの話。全体的に平易な文章だが、語られていることは深い。読んでいると、哲学者の名前がちらほら思い浮かぶが、特に強く感じられるのはデカルト。例えば以下のような部分とか。

この物理的身体と、いわば精神的な現象である「私」との関係は少々複雑である。簡単に言えば、「私」と「私の体」は同一ではない。
「私の体」は物理的な実体であるがゆえに、その説明はたやすいが、様々な物事を感じる主体でありながらも、実体を持たない「私」は永遠に説明できないものとして取り残されていく。

自己意識のことを考えるといつも不思議に思うのは、自分が世界の中にいるのか、世界が自分の中にあるのかということである。
考えることが自由になることだ。自由は自分の思考の中にある。
自分の思考の世界に入り込むと、まるで世界が自分の中にあるように思える。

・・・哲学的思考はデカルトに限らず、「独我論」へと誘惑されやすいものだ。しかしこのカルテジアンは、社会のことも非常に強く意識している。例えば以下のような部分。

他人や社会は自分を知るために必要不可欠なものである。
他人とつながることと、自己に目を向けることを頻繁に繰り返しながら、人はその社会の中で自分を探している。

人間の最も人間らしいところの一つは、非常に抽象的な言葉を皆で共有している点であろう。「心」「感情」「意識」「生死」そして「人間」という言葉。その実態は不明確ながらも、おそらくそう呼ぶであろうものが存在すると皆が信じている。

人間の定義は人間の個体にあるのではなく、社会関係の中にあるように思う。

人間が不思議なのは、人間のことも他人のことも、そして自分のことも知らないままに、他人と関わり、社会を構成しているという点である。すなわち、「信じる」ということだけで構成されているのが、この人間社会であるかのようにも思える。

・・・人間が自分自身のことをよく知らないまま、抽象的な言葉を共有して、社会を作っているというのは面白い指摘。「私」が謎であるのと同じかそれ以上に、「社会性」も謎なのだと思われてくる。

石黒先生の哲学的思考は、ロボット工学を研究する中で、「人間とは何か」を考え続けるうちに形成されたもののようだ。そこはやっぱりユニークなところだと思う。

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2013年5月15日 (水)

大人の雑談力

雑誌「THE21」6月号の特集は「大人の雑談力」。『雑談力が上がる話し方』の著書がある齋藤孝先生の語る記事からメモする。

「雑談力」を上げるには、話術やトークの力を磨く必要はありません。基本的なルールさえ押さえておけば、誰でも雑談力を向上させることができます。

雑談の基本スタイルは、「あいさつ+α」です。あいさつは雑談のきっかけにはなりますが、それだけでは雑談になりません。ですから、プラスαのひと言を加える必要がある。プラスαがあれば、ただのあいさつが雑談に発展するわけです。

「雑談に結論は不要」というのも、覚えておくべき大事なルールです。相手が言ったことに対して、「それはこういうことだよね」と結論を出したら、話はそこで終わってしまいます。ですから、相手が何を言っても「へえ、それで?」「たしかにそうだよね」とゆるく話を流しながら、話題が目まぐるしく変わるくらいでいいのです。

ただし、雑談は長く続ければいいというわけではありません。頃合いが来たら、話が中途半端でも、「それでは!」「この辺で失礼します!」というキラーフレーズを使って、潔くスパッと切り上げるのが「いい雑談」なのです。

以上のような基本ルールを知ったうえで、あとはちょっとしたコツやポイントを押さえれば、雑談力はさらに向上します。
まず、何を話せばいいか悩んだときは、とにかく相手をほめること。相手との距離を縮めるにはこれが一番の近道です。

もし「自分は話し下手で、雑談もあまり得意ではない」という人がいるなら、相手の話に質問で返すことをお勧めします。雑談は、相手に話の主導権を渡したほうが盛り上がります。相手本位の会話になるようにこちらがサポートする。それには、相手の話にひたすら質問で返すのがとても効果的なのです。

・・・「雑談力」には、「質問力」や「聞く力」も大いに関係している、ということだな。

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2013年5月13日 (月)

日経平均4万円、かよ。

株式ストラテジストの武者陵司が、タイトルも『日本株「100年に一度」の波が来た!』という強気の本を出した。「武者リサーチ」のサイトにアップされている同書「はじめに」から、日本株復活の5つの根拠についてメモする。

①日本株は、リーマン・ショック以降、そもそも「割安」だった。

②アベノミクスの「金融緩和政策」は、日本病とも呼ばれる「長期円高デフレ」を終わらせる。

③アメリカの日本封じ込め策だった「超円高」は、アメリカの「中国封じ込め策」への戦略転換で終わりをむかえる。そして、アメリカは対中国同盟国の日本経済復活のため、円安傾向をサポートする。

④世界経済の着実な回復基調が続く。力強さを増すアメリカ経済の本格拡大に支えられ、欧州債務危機、中国経済の失速も「大事」にはならない。

⑤「失われた20年」で鍛えられた日本の品質とコスト競争力が顕在化する。またデフレ終焉により、需給の不均衡を価格の変動を通じて自動的に調整する「価格メカニズム」が復活し、日本の構造変化を加速させ、内需を増加させる。

・・・次は、雑誌「Voice」最新6月号掲載の武者論文からメモする。

日銀の新金融政策は大成功し、不当な株安、不動産安、円高を大転換、2年後には2%インフレが視野に入るだろう。現在1.3倍のPBR(株価純資産倍率)が世界平均の1.9倍まで上昇すると考えれば、日経平均株価は1万8000~2万円をめざすことになる。

われわれは、今後の日本を2段階で考えるべきだろう。まずアベノミクスで円高デフレ脱却、その先の改革で世界の経済大国日本復活へ、である。日本の成長分野である医療、教育、農業は既得権益の巣窟、それらを規制緩和・自由化し、競争を導入し、資源を誘導しなければならない。また移民法の改正、女性の機会均等等、開かれた社会への変革も必須である。TPP参加を梃子とした構造改革、社会保障と労働の規制改革推進が実現できれば、日本は再度世界に冠たる高生産性経済大国になるであろう。第1段階だけでも日経平均は2万円、第2段階が進展すれば、日経平均は3万円から4万円への展望が開けていくだろう。

・・・ということなんだけど、過去20年間くらいを思い返してみても、日本は制度改革の進まない国だという印象が強い。だから日経平均はとりあえず2万円を目指すとしても、4万円は無理だなあという感じがする。

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2013年5月12日 (日)

『世界史の構造』と「歴史の終わり」

柄谷行人が『世界史の構造』に至る思索を開始するきっかけになったのは、冷戦終結時に「歴史の終わり」が語られたことだった。雑誌「現代思想」5月号掲載「『世界史の構造』について」から、柄谷先生の語るところをメモする。

一口でいうと、『世界史の構造』は、ヘーゲルの哲学を唯物論的に批判するものです。私の考えでは、マルクスによるヘーゲルの批判は十分ではなかった。それをもう一度徹底的にやり直す必要があるのです。

私がそのように考えるようになったのは、1990年頃です。アメリカの国務省の役人だったフランシス・フクヤマが「歴史の終焉」といった。これはヘーゲルにもとづく考えです。この言葉が、世界的に流行した。

フクヤマが「歴史の終焉」といったとき、彼が意味していたのは、1989年の東欧革命は「自由・民主主義」の勝利を示すものであること、また、それは最終的なもので、これ以後にもはや根本的な革命はないということです。ある意味でフクヤマは正しかったといわねばなりません。現在の社会は、90年ごろの状態から、根本的に変わっていないからです。

現在、どこでも、つぎのような体制ができあがっています。たとえば、資本主義的な市場経済が進むと、必ず階級格差などの諸矛盾が生じる。しかし、そのままで放置することはしない。それを、国家による規制や援助によって緩和しようとする。私はこのような体制を、資本=ネーション=ステートと呼んでいます。

フクヤマが「歴史の終焉」といったのは、このような資本=ネーション=ステートが最終的なもので、それ以上、根本的な変化はないということを意味します。資本が強いと新自由主義的になり、ネーション=国家が強いと国家資本主義的になる。しかし、いずれも資本=ネーション=国家というシステムを超えるものではない。

「歴史の終焉」を越えるということは、資本=ネーション=ステートを越えるということにほかならないのです。

ヘーゲルは(『法の哲学』において)、自由、平等、友愛という三つの契機、あるいは、資本主義経済、国家、ネーションという三つの契機を、どれをも斥けることなく統合しようとした。いいかえれば、彼は、資本=ネーション=国家を、三位一体的な体系として弁証法的に把握したのです。

ヘーゲルの考えでは、資本=ネーション=ステートが確立されたのちに、もはや根本的な革命はない。ゆえに、そこで歴史は終わる、ということです。ヘーゲルの「歴史の終焉」という考えは、そういうことを意味するのです。

真に「歴史の終焉」を否定するのであれば、資本=ネーション=ステートを越えることが可能であるということを示さなければならない。そのためには、ヘーゲルの根本的な批判をする必要があるのです。

・・・柄谷先生は、経済的土台(下部構造)から出発するマルクスの思考を徹底するため、生産様式に替えて交換様式の概念を導入し、現実は理念的とするヘーゲルの見方も斥ける。

正直に言うと、柄谷先生が「歴史の終わり」あるいは資本=ネーション=ステートを超克しようとするその意志の在り様が、今ひとつピンとこないところがある。ヘーゲル批判によってオルタナティブを示すというか、要するに世界共和国を実現する「革命」の可能性を示すってことなんでしょうか。しかし資本=ネーション=ステートのシステムは、俗にいうグローバル資本主義と見て良いのだとすれば、自分にはグローバル資本主義=歴史の終わりは、動かしがたい所与の現実としか思えないのだな。

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2013年5月11日 (土)

「正統と異端」のダイナミズム

ゲルマン人のキリスト教が形成したヨーロッパ文化の根本特徴は、「根拠薄き正統と根拠強き異端との対立」であり、その異端を政治的暴力的に打ち砕くことを正当とする態度なのだ――『栗本慎一郎の全世界史』(技術評論社)からメモする。

ヨーロッパはフランク族が没落した西ローマからアタナシウス派キリスト教(三位一体論が軸)とラテン語を意図的に統合の象徴として受け取った以降、それに敵対する勢力を打倒征服することを正義とした。そしてその正義の浸透には、ひるむことなく暴力(武力)が用いられた。

この三位一体説やカトリック教会による世俗的権威を目的にする各種儀礼に対しては、それは根本的に違うと構造的に否定する者が必ず出る構造があった。要するに、三位一体説では筋が通らないからだ。

神と神の子と聖書の三つが一つだという三位一体論はローマ教会派によって政治的に形成されたのだ。

かくして異端や非主流派が常に存在するという構造がヨーロッパ社会に確立された。つまり、キリスト教アタナシウス派の導入によって出来上がった文化の根源におけるエネルギーの源は異端と正統の対立、あるいは非中心と中心の対立なのである。

ヨーロッパ文化の本当の中心軸は強引な唯一一神教キリスト教とそれにまつろわぬ勢力との対立という構造となった。大きく言えば二重構造である。小さくは異質物が常に存在する構造だ。以降、今日に至るヨーロッパ文化の問題はすべてこの構造によって説明できる。異常なる拡大発展の意欲、敵対する者への異常なる暴力、自分たちと価値観の異なる者への強い関心(反感)、対外交易への意欲などである。

この常時存在する対立が社会にエネルギーを与え、商業を発展させやがて資本を蓄積させた。そして貨幣が支配する世界を強大化したのである。

・・・キリスト教が不安定性を抱えているのは、たとえばイスラームと比べてみれば明らかだろう。最初にムハンマドという預言者にして開祖がいて、その人が書いたコーランという聖典があるイスラーム。それに比べて、キリスト教は聖書(新約)がまとめられたのも、パウロが教義を明確にしたのもイエスの死後であり、長い時間をかけて形成されてきた宗教であるだけに、様々な解釈が現れる余地が大きい。そんな中で、訳の分からない三位一体説を権威主義的に正統教義にしたと。その結果、無理矢理?決めた正統を守るためには、異端や異教への攻撃も過激になっていくと。そんな印象を持つ。

「正統と異端」の原理がダイナミズムを生み出して、社会を発展させる力になったという面も確かにあるんだろう。けど、やっぱりまず思い出されるのは、その暗黒面というか、膨大な犠牲者を生み出した争いや差別の歴史だ。とにかく、ヨーロッパ社会は「正統と異端」を基本原理として組み立てられてきた、と考えていいんだろう。

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2013年5月 6日 (月)

「世界史」人気は何ゆえか

5月4日付日経新聞に、「気軽に読める世界史の本」(大人向け、マンガ、家族向け)がランキング形式で紹介されている。大人向け書籍の上位5冊は以下の通り。

もういちど読む山川世界史』(山川出版社)
銃・病原菌・鉄』(文庫・上下巻、草思社)
若い読者のための世界史』(文庫・上下巻、中央公論新社)
世界史』(文庫・上下巻、中央公論新社)
新しい世界史へ―地球市民のための構想』(岩波新書)

日経記事は「ここ1~2年、世界史関連の本はかつてない人気を博している。大人の学び直しブームが底流にある」というのだが、さらに何で世界史を「学び直す」のかと考えてみれば、やっぱりこれもグローバル化する現実の中で、多くの人が世界史を学ぶ必要性を感じてる、ってことなんだろう。冷戦とイデオロギーの時代が過ぎ去った現在、改めて世界の歴史や宗教について学ぶことなしには、世界の動きの意味するところが分からないし、自分の立ち位置も見えない。そんなことを、誰もが多かれ少なかれ意識しているんじゃないかと。

ちなみに最近自分が購入した、カラー刷りとか図版が多いとか「もっと気軽に読める」世界史の本は以下の2冊。
忘れてしまった高校の世界史を復習する本』(中経出版)
世界遺産でわかる世界の歴史』(平凡社)
一般向けには、これくらい読みやすくしてある本が便利だよな、と思う。

関連して最近「おっ」と思ったのは、栗本慎一郎が『全世界史』と題した本を出したこと。既に柄谷行人は『世界史の構造』を書いている。いずれも、彼らの思索の集大成の意味合いもある書物だ。かつて1980年代ポストモダン、ニューアカの立役者だった柄谷、栗本が「世界史」の本を出す。個人的には、何かを見届けたような感慨がある。つまり、ポストモダニズムという西欧近代批判が、西洋文明を中心に見る「世界史」の批判へと発展し、更に歴史を動かす根底的な原理の「発見」へと帰結した、という印象。

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2013年5月 5日 (日)

ドイツ(東部~北部)のお城

4月24日から5月1日の日程でドイツを旅行した。例によって団体ツアー参加。フランクフルトからいわゆるゲーテ街道を東に向かい、ドレスデンから北上、ベルリン等を経てハンブルクに至る。今回のツアーでは、お城を見ることが多かったので、紹介してみる。

Photoヴァルトブルク城(2013年4月25日撮影)

Photo_2ワイマール城(2013年4月25日撮影)

Photo_3モーリッツブルク城(2013年4月26日撮影)

Photo_4ドレスデン城(2013年4月26日撮影)

Photo_5シュヴェリーン城(2013年4月28日撮影)

まあとにかく、今回の旅行では、世界遺産ヴァルトブルク城に行くのが一番の目的だったので、他のお城は、こういうところがあるのね、という感じで見て回りました。

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2013年5月 4日 (土)

ヴァルトブルク城に行く

4月25日、ドイツにあるヴァルトブルク城を訪ねた。

Photo_4

どんなところか。以下はNHK「世界遺産」のサイトにある解説から。

ヴァルトブルク城は、ドイツ中央部の古都アイゼナハにある。ドイツの精神史、文化史上の重要な舞台となり、ドイツ人の心のふるさとだといわれている。

ワーグナーは、城内の歌合戦の間を舞台に、歌劇『タンホイザー』を書き上げた。城の美しさに感動した文豪ゲーテは、ワイマール公国の宰相になってから城の修復を命じている。聖エリザベートは、ドイツ人が最も敬愛する聖人の一人。この城に連れてこられて王妃となるが、華美な生活を好まず、恵まれない人々のためにその身をささげた生涯は、慈愛の見本とされた。

16世紀初頭のヨーロッパでは、教会が免罪符を販売。これを買えば罪を免れると言われ、市民はこぞって買い求めた。この動きに激怒したのがマルティン・ルター。1517年10月31日、教会への質問状を出して、救いが金で買えることは間違っている、と訴えた。ローマ教皇に破門されたルターは、ヴァルトブルク城にかくまわれる。城の一室で、ルターは新約聖書のドイツ語訳に取りかかる。聖職者や貴族にしか分からなかった聖書の言葉を、誰にでも分かりやすい言葉に翻訳し、宗教を民衆のものにした。

・・・で、下の写真がその、ルターが10ヵ月間カンヅメになって聖書を翻訳した部屋。この場所で、その後の歴史を変える作業が行われたのだなあ。

Photo_5

上記の人物中、聖エリザベートは13世紀の人。その夫のテューリンゲン方伯ルートヴィヒ4世は1227年、あの皇帝フリードリヒ2世の十字軍に参加。その遠征途上、27年間の生涯を閉じる。エリザベートもその4年後、24歳で死去。

もうひとつ付け加えると、あのバイエルン王ルートヴィヒ2世は、この城の祝宴の間(下の写真)を模倣した部屋を、自分のノイシュヴァンシュタイン城内部に造った、とのこと。

Photo_6

ドイツの歴史の要所要所に関わるヴァルトブルク城。まあとにかく自分にとっては、ヴァルトブルク城といえばルターだな。

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