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2013年4月15日 (月)

カミュとニーチェ

今年生誕100年のフランスの作家アルベール・カミュが、ニーチェの影響を深く受けていたのは、知る人ぞ知るところ。ちくま学芸文庫の新刊『ニーチェを知る事典』(渡邊二郎・西尾幹二編、1980年有斐閣発行『ニーチェ物語』の復刊)から以下にメモする。(「カミュ 不条理の思想とニーチェ」、白井浩司先生執筆)

(カミュが20歳になる頃の)1932年から33年にかけて彼を教えたラテン語の教授ポール・マチゥは、ある手紙のなかでこう記している。「あのころのカミュにとってニーチェは、掟であり予言者だった。カミュは、なにごとにつけても、たとえその場にそぐわなくても、たえずニーチェをひきあいにだした」と。

カミュの死後に刊行された覚書の『カルネ』全二巻を見ると、ニーチェを始終読み返していることが判明する。

1938年頃から書きはじめられ、41年2月に擱筆した、哲学的評論『シーシュポスの神話』には、当然、ニーチェの思想との照応が数多く見出せるし、最初の頁からニーチェの名が挙げられている。

1951年に刊行された『反抗的人間』は、進歩派やマルクス主義者から集中的に批判を浴び、いわゆるサルトル=カミュ論争をひき起こした。第二章の「絶対的肯定」のなかに収められた「ニーチェとニヒリズム」は、『権力への意志』の注釈と言えるが、ニーチェについての最も長い言説となっている。カミュは、ニーチェの思想が20世紀の全体主義の支柱となったことを遺憾としているけれども、ニーチェに対する賞賛の気持を棄てることはなかった。死の前年のインタビューでもニーチェへの共感を語っている。ニーチェは、カミュの最深部においてたえず関心を呼び起す存在だった。

・・・この文章はほかに、小説『異邦人』や戯曲『カリグラ』などにも言及されていて、カミュに対するニーチェの影響について実に簡潔に分かりやすく述べられている。(という印象は、30年前に読んだ時と変わらない)

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