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2013年3月 9日 (土)

1458年、コンクラーベの夏

先日、書店で塩野七生の初期作品集『神の代理人』(新潮文庫)を手に取った。カバー表紙が目に付くように置かれていたのは、ローマ教皇の生前退位という御時世からか。内容はルネサンス期の4人のローマ教皇の話で、冒頭の「最後の十字軍」をぱらぱらと見た時、ピッコロミニという名前に見覚えがあった。

朝日カルチャーセンターの「神聖ローマ帝国」講義で、ピッコロミニという人物を知ったのは昨年のこと。皇帝フリードリヒ3世の参謀役を務めた後、ローマ教皇の座に就いたこの人について、塩野七生も書いていたのか(しかも40年前に)と、今さらながら、へぇ~って感じがした。

さらに検索してみると、このピッコロミニが教皇に選ばれた1458年8月のコンクラーベを映画化した作品があることを知って、ますますへぇ~って感じがした。その「ザ・コンクラーベ」(2006年カナダ・ドイツ映画、DVDタイトル「コンクラーベ 天使と悪魔」)もツヤタ宅配レンタルで取り寄せて鑑賞。

しかし塩野作品を読んだ後で、この映画のピッコロミニ枢機卿を見ると、えっ、これ?とか思う。髭もじゃで体格もデカい熊みたいな人(苦笑)。言動も熱いというか少々荒っぽい。小説では教養溢れる大知識人、外交能力にも長け、人柄も清廉潔白、外見は痩せて小柄とされているので、大違い。たぶん小説の方が史実に沿っているとは思うのだが、映画では教皇の座を争うライバル、デストゥトヴィル枢機卿の静かに威圧するようなオレ様キャラとの違いを際立たせるために脚色されている感じ。このコンクラーベでは枢機卿18人が投票して、その3分の2を集めた人が教皇になる。という訳で、お話は概ね選挙における多数派工作の模様となるから、人目を引くような派手さは無いけれど、それなりに映画的クライマックスも用意されていて、そこそこ面白かった。

で、そのクライマックスは、投票を繰り返して9対9の同数の結果が出たところで、自分が投票しなかった候補を承認する、という表明が最後の決め手になる場面。その時、若きロドリーゴ・ボルジア(後の教皇アレクサンデル6世にしてチェーザレの父親)が、デストゥトヴィルからピッコロミニ支持に転じて、あと2人が同調、新教皇が決定する。

小説ではピッコロミニ9票、デストゥトヴィル6票、白紙3票の結果が出た時に、やはりロドリーゴが自分の白紙票をピッコロミニに投じることを表明。残りの白紙票2人もロドリーゴに続いた結果、ピッコロミニが教皇として選出されて、ピオ2世を名乗ることになった。

その後の話は小説に描かれているが、教皇ピオ2世は、トルコに占領されたコンスタンティノープル奪回を目指す十字軍を起こすことを宣言。しかし最後の十字軍からも既に200年の時が過ぎ、時代は大きく変わっていた。「盟友」であるはずの皇帝フリードリヒ3世を始め、各国の王や諸侯の反応は鈍く、十字軍は実現しないまま、病身の教皇は失意のうちに世を去る。教養人で知られたピッコロミニが、教皇ピオ2世となるやいなや時代錯誤的な十字軍派遣を唱える有り様は、組織の指導者という地位が人を変えてしまう、よくある悲喜劇の一つなのかとも思う。

(ところで現代のコンクラーベは投票者数が100人を超えるそうで、これは大変ですな)

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