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2012年12月19日 (水)

5七銀とか5二銀とか

昨日、将棋棋士の米長邦雄死去のニュースが伝えられた。享年69歳。本日付日経新聞文化面に掲載された中原誠の書いた哀悼の文を読むと、なぜか名人戦で米長相手に自分の指した妙手「先手5七銀」について述べているのだった。(苦笑)

僕は将棋についてはオールドファン。何しろ一番熱心だった頃はもう30年以上も前のことで、まさに当時の将棋のタイトル戦は、中原―米長の対戦が繰り返されていた時代だった。

「先手5七銀」は歴史的な妙手。第何期の名人戦か調べる気も無いので記憶だけで書くと、たしか自陣の銀を4八から5七に動かして、相手の馬に取らせる手だった。狙いは馬の効き筋を変えるというものだったが、何しろわざわざ一手をかけてタダ取りさせる手である。記憶に残らないわけがない。

しかし駒をタダで取らせる手と言えば、NHKのテレビ将棋で、羽生善治が加藤一二三相手に放った「先手5二銀」の印象が強烈だ。盤上の駒を進めるのでなくて、持ち駒を敵陣に打ち込む、タダで捨てる手。取れば、相手の王様は即詰みという、まさに必殺の決め手。しかも録画のテレビ番組とはいえ、その「瞬間」を見ることができたのだから、それはもう目が覚めるような「体験」とも言える見ものだった。

そうそう、この羽生―加藤戦の解説者は米長だったな。「奇しくも」と言っていいのか、よく分かりませんが。

分野が全然違うんだけど、今年の夏に元ディープパープルのジョン・ロード(71歳)の死去を知った時と同じように、米長邦雄の死についても、自分のティーンエイジャーの頃の憧れの才人が鬼籍に入る時期がやってきたんだなという感慨がある。

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