« 日本の構造問題を再確認 | トップページ | We want Abe・・・? »

2012年11月17日 (土)

小熊VS湯浅

小熊英二の『社会を変えるには』、湯浅誠の『ヒーローを待っていても世界は変わらない』、湯浅本は全部、小熊本は半分くらい(苦笑)読んだ私としては、雑誌「atプラス」14号掲載の両者の対談(社会運動のつくり方)は興味津々、という感じ。湯浅氏の「調整」という言葉を巡る部分からメモする。

小熊:湯浅さんが本の中で、面倒くさくても「調整過程にコミット」するのが民主主義だ、とおっしゃっておられる部分は、どうしても引っかかる。それは民主主義だろうか。調整というのは、政府のエリートとか、圧力団体のリーダーとかがやることで、「すべての人が参加する」という意味での民主主義とは、あまり関係ないんじゃないか。

湯浅:私は、小熊さんは自民党の調整型政治のイメージで私の「調整」という言葉を受け取っておられるのではないかと思います。
私は活動家というものが世間一般とは隔絶しているとは考えていません。よく私は「活動家というのは場づくりをする人だ」と言っていますが、場をつくるというのは、みんなが自分でやれることです。そういう意味では、みんなが活動家になる、逆に言うと活動家というものが特別にならない状況をつくっていきたいわけです。
あまり「調整」という言葉に引きずられないでいただきたいのです。「対話」と言ってもいいし、「合意形成」と言ってもいいんです。

小熊:私は、行政にしても代議制民主主義のあり方にしても、いまの日本のしくみは、もう限界だと思います。日本のしくみは、明らかに中央政府主導で開発政策をやっていくための制度であって、もう時代錯誤です。

湯浅:「現実に合わないしくみが問題なんだ」ということは、私もこれまでさんざん言ってきました。そして、たしかに着実に変わってはいるんです。貧困問題だって、いままで自己責任だと言っていたのが、社会問題だと認めるようになってきた。
でも、その変化のプロセスの中で自動的に制度の修正が図られていくかというと、必ずしもそうはならない。やはり地道な調整をやっていくしかないんだというのが、私の現時点での結論なんです。

小熊:社会運動は、ある程度楽しくないと人は参加しない。でも、湯浅さんのおっしゃる「調整」というのは、どうもあまり楽しそうでない。
湯浅さんは本の中でそれを「面倒なこと」と書かれていましたよね。私は面倒なことは承知した上で、たぶんみんなが忘れかけていたであろう運動の「楽しさ」を強調したほうがいまはいいだろう、と思って本を書いたつもりなんです。

湯浅:私は民主主義についても、その「面倒くささ」を認めたうえで、「投げ捨てたくなるけど引き受けていこう」と考えているんですね。

小熊:湯浅さんはやっぱり、真面目で人間を信じている方だと思いました。私のほうが、人が悪いのかもしれないですね(笑)。

・・・湯浅氏の「調整」という言葉を、小熊先生のように受け取る人はあんまりいないような気がする。「調整」なんて言葉は、会社の中でもフツーに使われてるしなー。

|

« 日本の構造問題を再確認 | トップページ | We want Abe・・・? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/174032/47875277

この記事へのトラックバック一覧です: 小熊VS湯浅:

« 日本の構造問題を再確認 | トップページ | We want Abe・・・? »