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2012年10月31日 (水)

オクトーバーフェスト、人気とか

日経新聞電子版10/27付記事(ビール離れなのに大盛況 「ビールフェス」人気の秘密)からメモする。 

国産ビールの消費量が年々減少して苦戦するなか、野外やビールレストランなどで行われるビールフェスティバルがブームを呼んでいる。なかでもドイツビールを味わえるイベント「オクトーバーフェスト」はここ数年で開催会場が増加。どの会場も盛況で、集客力のある人気イベントとして全国に広がっている。 

全国8会場でオクトーバーフェストを開催するイベント会社「ビー・エフ・シー」によると、2012年はゴールデンウィークの東京・お台場会場からはじまり、日比谷、仙台、芝、豊洲、神戸、長崎、お台場と巡回し、計30万人を動員。3会場で開催していた4年前に比べ、来場者数が2倍以上に増えた。 

オクトーバーフェストは、ドイツのバイエルン州ミュンヘン市で毎年秋に開かれるビール祭りが発祥。現在は9月半ばから10月上旬に開催。16日間で600万人以上を動員する世界最大のビールの祭典となっている。 

日本のオクトーバーフェストの草分けであり、期間・来場者数ともに国内最大規模を誇る横浜オクトーバーフェストは今年で11回目。6年前の来場者は6万人弱だったが、2012年は約15万人を集客した。 

ドイツビールと音楽を楽しめるだけでなく、新たな出会いの場としても人気が高まりつつあるオクトーバーフェスト。これまでは口コミで着々とファンを広げてきたが、来年は本格的なブーム到来となりそうだ。

・・・実は自分も行ってみたのだ、オクトーバーフェスト。9月上旬の豊洲会場。場所が水辺なのは良いとしても厳しい残暑が続くなか、昼間に屋外でビールを飲むには暑すぎる気候だった。(苦笑)

オクトーバーフェストに行く気になったのは、7月にドイツ旅行をしたことが影響してると思う。そういえば、その時のツアー参加者の中に、「ドイツにビールを飲みに来た」という若い女性二人組がいた。女性が「フランスにワインを飲みに」じゃなくて、「ドイツでビール」っていうのは、結構意外感強かった。

最初は夏場に「オクトーバー」フェストかよ、という感じもしたけど、とりあえず単にそういう名前のビール祭りと思えばいっか、と考え直した。日本で気候の良い季節は初夏だし、来年はゴールデンウィークに行ってみたいものだな。

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2012年10月30日 (火)

『ヨーロッパ精神史入門』復刊

おお!『ヨーロッパ精神史入門――カロリング・ルネサンスの残光』が新版になって出てるよ!・・・という何だかマイナーな驚きと喜びを、ただ今感じているところです。哲学者の坂部恵(故人)の書いたこの本の出版は今から15年前、直近は品切れ状態からアマゾンで古本にバカ高い値が付いていたりして、何となく自分もこういう本は増刷しないような気がしていたので、今回「岩波人文書セレクション」の一冊として再刊されたのはホントに意外でした。

さて、この本はとりあえず哲学史の本と言っていいわけだが、基本的な歴史観は古代―中世―近代の教科書的な三分法ではなく、歴史家クルティウスに倣って、古代地中海世界とヨーロッパ世界の二分法を取る。そして中世―近代の間に断絶よりも、連続性を強く見ようとする。これにより、ヨーロッパ世界の「近代」の出発点は、9世紀のカロリング朝まで遡って置かれる。そして当時のカール大帝による学芸の振興、いわゆるカロリング・ルネサンスから「ヨーロッパ世界の哲学」が始まると共に、神学―哲学―自由学芸という学問の階層秩序も形成されて、以後のヨーロッパ精神史の展開は、この階層秩序の変化が大きく作用することになる。

ヨーロッパ精神史には、階層秩序が大きく変化した時代、「大きな切れ目」が二つある。最初は14世紀、次は1770年~1820年。前者においては神学と哲学の間に亀裂が入り、哲学は相対的な自立性を獲得する。後者は哲学と自由学芸の間に亀裂が入り、哲学という母体から個別科学や芸術が独立し始める時代。そして、1960年代から次の大きな切れ目に入っている、というのが著者の見立てだ。

以上のような歴史観をベースに、エリウゲナ、アヴィケンナ、スコトゥス、オッカム、エックハルト、ライプニッツ、クザーヌス、カント・・・さらには現代思想の哲学者たちまでが概観される。基本的に「講義」なので読みやすいとはいえるのだが、何しろ知らない人名多数、さらに「能動知性」やら「共通本性」やら馴染みのない中世哲学用語も出てくるので、内容をまともに理解しようと思ったら大変なことになる本だ、という感じです。(苦笑)

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2012年10月22日 (月)

忍城「水攻め」は無かった

昨日は、地元の西葛西図書館で歴史研究家・桐野作人の講演を聞いた。お題は「忍城水攻め」。で、結論的には「水攻めは無かった」。もう少し詳しく言うと、遺された一次史料から読み取れることは、堤防工事が行われたということのみで、堤防が完成したことも、水が流し込まれたことも確認できない。ましてや堤防が決壊してしまったという話は、後世の軍記物の記述である(から事実とは考えにくい)、とのこと。

忍城攻めは、天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐に伴う関東制圧戦の一環として行われた。北条方の有力支城の一つである忍城の攻略に当たり、秀吉が石田三成に水攻めを命じて、堤防工事に着手したのは確からしいのだが、堤防が完成する前に小田原本城が降伏(7月6日)して、程なく忍城も開城(7月14日)したということで、結局水攻めは日の目を見ることなく作戦終了した、らしい。一次史料からは、堤防工事中に石田方と城方との間で局地的に戦闘が行われたことが確認できるので、その辺が忍城攻めの実態ということか。

あの「太閤記」にも、水攻めの記述は無い。軍記物に堤防決壊の話が出てくるのは、江戸時代の後期になってから。つまりは「水攻め」は後世の創作の可能性が強い。

歴史上の出来事はホントのところどうだったのか、それを知るのは難しい。どうしても面白おかしく語られた話の方が広がりやすいということもあるだろうし・・・結局、専門家による地道な史料の批判的検討・解読を頼るしかないのだな。

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2012年10月15日 (月)

「ナチス映画」で雑談

先日、映画「アイアン・スカイ」を観た。何しろナチスが月の裏側に秘密基地を作り、地球に攻めてくるという、恐ろしいほどバカバカしい設定・・・なのだが、最近の映画は映像技術が驚異的に進歩発達しているので、まあまあ超B級映画として成立している感じだった。フィンランドの映画で、4年かかって完成したとのこと。

でもね、これだと宇宙からの侵略者が単に「ナチス」である、というだけかなあという気がする。むしろナチスで人目を引いたところで、アメリカを茶化すのが狙いになっているみたいだ。共和党の超保守派サラ・ペイリンを彷彿とさせる女性大統領は、ナチスの思想を大統領選挙のキャンペーンに利用するし、支持率を上げて選挙に勝つためには戦争を仕掛けることも辞さない。アメリカの宇宙戦艦、その名も「ジョージ・W・ブッシュ」号は、月のナチス基地に向けて容赦なく核ミサイルを撃ち込むし、改めて保守政権のアメリカは怖い、ナチス以上に怖えーじゃねえかよと思わせる描き方。

最近、自分が観たナチス映画は「ヒトラー最期の12日間」「白バラの祈り」「ワルキューレ」、そして「意志の勝利」と、いずれも史実に基づいた、あるいは史実そのものの映画。といっても、ナチス映画は史実絡みでなきゃならんと思ってるわけでもなくて、「アイアン・スカイ」も新時代のナチス映画かな、という期待をもって観たのだが、どうもイマイチ感が残ってしまった。

自分も昔はナチス映画をよく見た・・・という程でもないけど、戦争映画というか戦車映画が好きだったので、やっぱり「バルジ大作戦」と「ヨーロッパの解放(クルスク大戦車戦)」が双璧になります。「バルジ」のキングタイガー対シャーマン(M47対M24だけど)、「クルスク」のタイガーⅠ型対T34、コーフンしましたねえ。

人間ドラマのナチス映画だと、ホントに昔「愛の嵐」をテレビの洋画放映で見た記憶がある程度か。内容は殆ど覚えていないけど、シャーロット・ランプリングとダーク・ボガードの男女二人が撃たれるラストシーンは妙に印象に残っている。ナチスの記憶に呪縛された男女の運命的な再会と破滅的な末路・・・ドロドロですな。

まあ、「愛の嵐」をはじめとするドロドロのナチス映画の時代は遠くなりにけりだ。「アイアン・スカイ」は続編の話もあるらしいが、どこまで肯定的に扱うかという問題はあるにせよ、どうせならナチスの男をもう少しカッコ良く描いてもらいたい気はする。(「バルジ大作戦」の戦車隊長ロバート・ショーを見よ!)

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2012年10月 7日 (日)

トレドとシチリアを結ぶ翻訳者

中世トレドとシチリアを結ぶ翻訳者の存在について、『寛容の文化』(名古屋大学出版会、2005)からメモする。

マイケル・スコットは皇帝お気に入りの側近のひとりであり、それにはそれ相応の理由があった。医者、占星術師、降霊師、アラビア語およびヘブライ語テクストの翻訳家、彼はまさに、フリードリヒ二世――シチリア国王、神聖ローマ皇帝、イェルサレム国王――が自身の文化的野心や使命を具現化すべく、そのそばにおきたがった知識人の典型であった。 

その名前が想起させるように、マイケルはスコットランド生まれだったが、青年のころに生地を離れ、世紀の知の中心トレドの翻訳学派で揉まれた人物だった。1220年代、残りの人生を過ごすことになるシチリアに到着したときには、彼はすでに魔術師としての評判を博していたが、フリードリヒの宮廷で彼を魅惑の人物にしたのは何かといえば、彼が13世紀初頭を通じて翻訳家として活躍したという名声であった。科学・哲学関連の膨大な書物をアラビア語からラテン語に翻訳することは、その時代の知がめざす最大の目標であった。スコットは、フリードリヒという気前のよいパトロンを見つけることができた。 

彼はトレドからシチリアに、自信に満ちた堂々たる態度、最先端の翻訳作業に従事した経験の日々、そしてギリシア哲学の伝統的な作品群を読み、翻訳することから自然に湧き出てくる合理的な知の文化への興趣(フリードリヒはおそらくある程度それを持ち合わせていた)をもちこんだ。トレドからやって来たこの人物は、さまざまなテクストを文化的福音としてアラビア語から翻訳するというフリードリヒの壮大な努力において直接にも間接にもその中枢を担ったのであった。

・・・アラビア語で書かれた当時の最先端の知識を貪欲に吸収しようとする皇帝フリードリヒにとって、スコットの能力と経験は絶対に欠かせないものだったと思われる。

ところで、自分にとってフリードリヒ二世とカール五世は神聖ローマ帝国の2大アイドル。同書には、この二人の「つながり」について書かれた箇所もあるのでメモ。

フェルナンドとイサベルの孫カルロス一世は、敬虔な祖母と同じように、旧来のアラブ様式の魅力を解さなかったわけではない。1519年に神聖ローマ皇帝に即位するとき、カルロスはかつての皇帝フリードリヒ二世のガウン、フリードリヒがまことに愛したイスラーム風の外衣、さらにはアラビア語の刺繍された大きな折り返しをもつケープを身にまとって戴冠儀礼にのぞんだのである。

・・・300年の時を超えて、フリードリヒ二世とカール五世に「つながり」があったというのだから、個人的にはとってもコーフンしちゃいます。

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2012年10月 6日 (土)

朝の「痛勤」、改善?

本日付日経新聞の東京版記事「通勤ラッシュ、改善進む?」からメモ。

国交省が1日発表した2011年度の東京圏の主要区間の平均混雑率は164%と前年に比べ2ポイント低下した。02年度に比べると9ポイント低い。新線やバイパス路線の整備に加え、幅の広い新型車両の導入が寄与した。

混雑率上位の路線・区間
①総武線(錦糸町→両国)201%
②山手線(上野→御徒町)200%
③東西線(木場→門前仲町)199%
④埼京線(板橋→池袋)198%
⑤横須賀線(新川崎→品川)195%
⑥京浜東北線(上野→御徒町)194%
⑦中央線(中野→新宿)193%
⑦南武線(武蔵中原→武蔵小杉)193%
⑨高崎線(宮原→大宮)191%
⑩武蔵野線(東浦和→南浦和)187%

混雑率の算出方法や時期は鉄道各社ごとに異なる。国交省によると、時期は6月や11月に実施する場合が多い。調査方法の一例を挙げると、1車両(10両)の列車を調べるのに5人のベテラン専門員をホームに配置する。2時間程度を3日間、目視調査を続ける。これに定期券の平均売上高を加味し、1時間あたりの平均値を算出する。

ただ実際には同じピーク時でも列車によって混み具合は異なる。同じ列車でも乗る場所によって違う。国交省も「あくまでも1時間の平均値なので実感とかけ離れているのは当然のこと」(鉄道局)という。

交通政策に詳しい東大大学院の家田仁教授は「混雑率は低下はしているが、先進国の大都市では考えられないほどひどい。大都市の国際競争力強化のためには新たな目標設定と努力が必要だ」と強調する。

・・・データが実感と異なるのは「当たり前」と、お役人が平然と言うのは「何だかなァ」と思う。とりあえず自分の利用している東西線の混雑率は上昇したとのことで、それは実感通りです。(苦笑)

しかし東京の満員電車はとにかく酷い。「都民」生活の問題を少しでも改善するため、行政のトップにも関心を持って欲しいんだけど・・・先日80歳になった都知事は満員電車には乗らないんだろうし、期待しても無理だな。

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2012年10月 5日 (金)

上原ひろみと「プログレ」

普段ジャズは聴かない自分が、上原ひろみの「MOVE」を買った。きっかけは、「別冊カドカワtreasure 総力特集プログレッシヴ・ロック 日本人に愛される理由」の中にある彼女のインタビュー記事。以下にメモ。

とにかくいちばん好きなのはフランク・ザッパですね。ザッパはもう、好きというのを超えたところにある。まさに自分の「どストライク」の音楽。たまらないですね。ザッパの音楽にはいろんな要素が入っているんですね。ほかに好きなのはジェフ・ベック。はっきりとプログレに分類されているものなら、キング・クリムゾンが好きですね。

自分がもともと好きな要素で音楽を作っているだけなのですが、気が付いたら、確かにプログレが好きな方に好かれることが多いな、って感じています。

私自身、いわゆるプログレッシブ・ロックというものが聴きたいと思ってクリムゾンのファンになったわけではないんですが、まぁ、いわゆる仕分け的にプログレといわれるジャンルの中に入っている人で好きなミュージシャンがすごく多いのは事実。だからプログレファンの方に応援してもらえるのはうれしいなぁと思います。

・・・というようなことなんですが、とりあえず「MOVE」については、4曲目以降が良い感じで、7曲目が一番好きだな。何しろドラムがサイモン・フィリップスであるのもポイント高い。サイモンというドラマーの存在は個人的には一昨年、元レベッカのノッコのカバーアルバム「キッス」参加で「あの人かあ~」みたいな感じで思い出した。というのは30年以上も前、ジューダス・プリーストのアルバム「背信の門」でドラムを叩いていた記憶があったので。しかしこの時サイモンって、ハタチそこそこだったのね。その後、TOTOに加入していたのは知らなかった。俺、アメリカンロック聴かないから。アメリカのバンドで良いと思うのはブルー・オイスター・カルトとメガデスだけ。

でも、特集雑誌が出るくらい、プログレって復活してるわけ? 確かに去年今年とUKが来日して自分も見に行っちゃったけど、その辺どうなんだろうか。

去年の始め頃、たまたまプログレのコンピレーション盤を何枚か聴いていたことがあった。プログレっていうとマニアックというか、マイナーなバンドまで隈なく聴いてプログレ道を極める、ようなイメージもあるけど、やっぱり商業的な成功を収めた超メジャーなバンドであるキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエス、EL&Pが音楽性や技術も突出している感じで、結局それ聴いてりゃいいじゃん、と俺は思いました。

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2012年10月 3日 (水)

サラエボ・ハガダー

再来年は第一次世界大戦勃発100周年。なので自分的にはこの頃サラエボが気になっているところに、なぜか本日付日経新聞コラム「春秋」でサラエボに係わる話が書かれていたものだから、これは以下にメモするしかないでしょと。

20年前。独立間もないボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボは、激しい民族紛争の焦点となっていた。砲弾や銃弾が飛び交い、街のあちこちが破壊される混乱のなか、市内の図書館で保管されていた一冊の本が、行方不明になった。「サラエボ・ハガダー」という。 

ハガダーとは、ユダヤ教徒が過越(すぎこし)の祭りで読む冊子だそうだ。14~15世紀に制作されたとされる「サラエボ・ハガダー」は、その時代のハガダーとしては画期的な美しい挿絵入り。人類の宝ともいうべき文化財だ。図書館が砲撃を浴びているさなか、これを安全な場所に移して守り抜いた学芸員がいた。イスラム教徒だった。 

実は、この本をイスラム教徒が救ったのは、この時が初めてではない。街がナチスの支配下にあった70年前。ユダヤ人を目の敵にしていたナチスに奪われないよう、保管していた博物館の学芸員が命をかけて隠した。 

以上は、20年前の紛争のころに記者として現地にいたジェラルディン・ブルックスさんの記事によるところが大きい。

・・・とにかく、初めて聞く話なので、とりあえずネット検索すると、「サラエボ・ハガダー」が作られたのはレコンキスタ完了以前のスペイン。キリスト教とユダヤ教とイスラムが共存した時代のイベリア半島から、ヴェネツィア経由でバルカン半島のサラエボに辿り着いた、らしい。そして、上記のブルックスさんがこの書物を巡る物語を綴った『古書の来歴』という小説があって、昨年の「翻訳ミステリー大賞」受賞作だという。自分は小説を読まない人間なので、全く知らない作品であり賞でありましたが、アマゾンのレビュー等を目にすると、世の中には自分の知らない本を熱心に読んでいる人がたくさんいるのだなあと感心しましたね。

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