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2012年5月 5日 (土)

「五賢帝」のおさらい

先日、映画「テルマエ・ロマエ」を観た。原作はもちろんヤマザキマリの同名マンガ。正直、タイムスリップ物はその無理矢理感がどうも好きになれないのだが、このマンガ及び映画については、風呂という一点において日本と古代ローマを結び付けたいという作者の熱意の現われとして受け入れよう、という感じにはなるかな。

阿部寛が演じる主人公ルシウスは古代ローマの浴場設計技師、ハドリアヌス皇帝の時代の人。ハドリアヌスはいわゆる五賢帝の一人で、ヤマザキマリお気に入りの人物とのこと。映画では市村正親が扮している。

で、映画のことはともかく、五賢帝について簡単におさらいすると、紀元前27年に初代皇帝に就いたアウグストゥスが在位40年余りで帝国の基礎を固めた後、カリグラやネロといった暴君出現により混乱した時期もあったものの、紀元後96年のネルウァ帝即位以後の約80年間、5人の皇帝が在位した時代にローマ帝国は最盛期を迎えた。これがいわゆる五賢帝の時代。皇帝名と在位年は、ネルウァ(96~98)、トラヤヌス(98~117)、ハドリアヌス(117~138)、アントニヌス・ピウス(138~161)、マルクス・アウレリウス(161~180)。教科書的には、トラヤヌスの時代に帝国領土は最大となり、マルクス・アウレリウスは『自省録』の著作で知られる、というところ。

いわゆる「パクス・ロマーナ」(ローマの平和)というのは、18世紀の歴史家エドワード・ギボンが、五賢帝の時代を表現した造語(『ローマ帝国衰亡史』)。パクスとはローマ神話に登場する平和と秩序の女神。このローマの平和とは、戦争が無い状態ではなくて、ローマが最強という状態を指している。

しかし物事はすべてピークに達した後は混乱と衰退の道に入るというもので、ローマ帝国も3世紀の軍人皇帝の時代を経て、4世紀にはキリスト教が浸透。その国教化(392年)直後の395年、帝国は東西に分裂。既に375年からゲルマン人の大移動が始まっており、異民族の侵攻が続く中、476年に西ローマ帝国は滅亡した。

ローマ帝国500年の歴史において、最盛期とされる五賢帝の時代はその6分の1程度、意外と短い感じ。初代アウグストゥスから五賢帝までを「パクス・ロマーナ」としても200年と半分以下なので、ローマ帝国がむっちゃ強い国であり続けたという感じはしない。しかしそれでも帝国の強大なイメージは動かし難く、後の西欧に現れた国家支配者にも、ローマ帝国はブランドまたはトラウマとして作用し続けた、という感じはする。

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