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2012年3月 3日 (土)

柄谷行人講演(哲学の起源)

柄谷行人の講演を聞きに行った。場所は藤沢の朝日カルチャーセンター湘南。お題は、『哲学の起源』を読む。

僕が柄谷行人の話を聞きに行くのは20年ぶりくらいか。例の『世界史の構造』はスルーして、『「世界史の構造」を読む』を読んだ(苦笑)後、さらに雑誌「新潮」連載の「哲学の起源」を読んで、これは良いなと思って、今回の講演会に足を運んだ次第。「哲学の起源」は既に昨年末に完結して、予定では今頃単行本になっているはずだったのだが、どうしたわけか出るのはまだ先になるとのこと。

柄谷先生は、遊動民と氏族社会、フロイト、普遍宗教、脱呪術、バビロン捕囚、ウェーバーの「模範的預言者」、イオニアの哲学、ハンナ・アーレントによるデモクラシーとイソノミアの区別、ソクラテス、ディオゲネス、プラトン等々について、たっぷり2時間語り続けた。なお、今後は中国の模範的預言者について考えたいとのこと。老子もまた「預言者」だそうです。しかも複数の「老子」が存在していたと。

「哲学の起源」は、「世界史の構造」の内容的なバランスを考えて、入れられなかった部分がスピンアウトする形でできたものらしい。ので、本来は「世界史の構造」で提出された思考の枠組みを踏まえて、読まなきゃいけないものなんだろう。しかし、さはさりながら、勝手な読者としては、「哲学の起源」は「世界史の構造」から切り離して読めると感じているし、実際、独立した論考として見ても、いわゆる「ソクラテス以前」の哲学者(フォアゾクラティカー)論として出色のものだと思う。でもって、フォアゾクラティカーといえば、やっぱりハイデガー=木田元の説く、古代ギリシャの自然観てことになる。のかな。つまり生成する自然。それがプラトン以降は死せる自然、マテリアルになってしまった。との見立てだが、何というか「と言われても・・・」って感じになる批判ではある。それに比べると、自然哲学から社会哲学に展開する柄谷先生の「イソノミア」論は魅力的だと思います。

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