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2012年1月31日 (火)

世界史を学び宗教を理解したい

やっぱり宗教や歴史を学ばなきゃね・・・本日付の日経新聞、イギリスの元首相トニー・ブレア氏の「私の履歴書」最終回を読んで、改めてそう思った。まずはブレア氏の語るところをメモする。

私は今、世界の異なる宗教間の相互理解を深めることに情熱を注いでいる。この問題は21世紀の世界には決定的に重要な問題だ。
グローバル化時代に平和共存を実現するには、異なる信仰を持つ人々が互いに理解し尊敬しなくてはならない。20世紀には政治的イデオロギーの衝突が大きな傷を残したが、21世紀は文化や宗教のイデオロギーの衝突が大きな問題になりかねない。

上記のブレア氏の思いに同感する。特に日本人にとっては、異文化でしかないキリスト教とイスラム、唯一絶対神を信仰する二大宗教をそこそこ理解してないと、このグローバルな御時世、いろいろ困惑する場面が出てくる感じ。

そして我々にとって宗教を理解するためには、宗教の教義よりも、宗教の歴史を知ることが有益だと思う。宗教は歴史的な経緯を経て、今の社会や制度を形作ったことを知る、要するに宗教の歴史も含めた世界史を学ぶことが必要。

振り返れば自分が世界史をやり直したいと思い始めたのは、1989年ベルリンの壁が有名無実化した時。東西冷戦が終わり、例えば「ハプスブルク」の中欧が復活する、というような話を目にして、高校生の時、世界史をまじめにやらなかったことを少々後悔した・・・(社会科のフルイチ先生にお情けで単位をもらった記憶があります)。

しかしやり直そうとは思っても怠け者の悲しさ、なかなか実行できないまま時が過ぎて、そうこうするうちに次は2001年、「9.11」の衝撃がやって来た。ここでまた、イスラムとは何だあ~って感じになって(ビンラディンの「啓蒙」効果は認めざるを得ない、恐ろしく乱暴なやり方だったけど)、やっぱり世界史やらなきゃあと思いながらも、勉強に取り組まないまま何となく時は流れていった・・・結局怠け者です。

しかし勉強の時は意外な形で訪れた。それは4年前、手術のため1ヵ月入院した時。物理的時間的に何か本を読むしかない状態となり、病室に山川の「詳説世界史研究」を持ち込んで遮二無二通読。(フルイチ先生、やっと俺世界史勉強しました)

その後、『もういちど読む山川世界史』が出た時も驚きつつ、なるほどこういうニーズはあるんだな、歴史を勉強したい社会人は結構いるのだ、と感心しつつ読んだ。さらに、歴史能力検定の世界史3級(基礎的なレベル)を何度か受けたりして、勉強を何とか継続。

先日も、日本橋丸善で『世界史』上下2巻(ウィリアム・H・マクニール、中公文庫)が、ひと山積んで置かれているのが目に付いた。本の帯には、東大・早稲田・慶應でよく売れているとの惹句。そうだ、みんなで学ぼう世界史そして宗教。

何にせよ日本人は、キリスト教的精神やイスラム的制度には殆ど縁が無いので、そういう意味では宗教オンチだけど、だからこそやろうと思えば、かなりクールに宗教を理解できる立場にいると思う。

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2012年1月28日 (土)

「成熟債権国」移行には準備不足

昨年、31年ぶりに貿易赤字となった日本。図らずも現実化した「成熟した債権国」の段階に、このまま移行するには準備不足の感が否めない――1月27日付日経新聞1面と5面の記事(黒字が消える)からメモ。

貿易で外貨を稼げなくなっても、過去に蓄えた対外純資産から得られる利子や配当で黒字を稼ぐ――。米経済学者キンドルバーガーらが唱えた国際収支の発展段階説によると、貿易赤字だが所得収支の黒字で経常黒字を維持する状態は「未成熟な債権国」から「成熟した債権国」への移行を意味する。 

発展段階説は英国の例が有名だ。産業革命をテコに世界でいち早く経済成長の軌道に乗り、19世紀後半には貿易・サービス収支と所得収支がともに黒字となる「未成熟な債権国」になっていた。
貿易収支は赤字だったが、
モノを運ぶ海運に伴うサービス収支の黒字で補った。植民地などへの積極投資をテコに投資収益も多く、所得収支の黒字も増やした。当時の経常黒字は経済規模の4%近くに及んだ。 

「成熟した債権国」に移ったのは1890年ごろ。モノの輸入が一段と膨らんで貿易・サービス収支が赤字に転じた一方、所得収支の黒字は膨らみ、経常黒字を保った。だが世界恐慌などを背景に暗転。1920年代に貿易・サービス収支が一段と悪化し、経常赤字に転落。「債権取り崩し国」の段階に入る。さらに第2次世界大戦では多額の債務を負った。 

戦後の英国は投資収益をテコに経常黒字を稼いだ時代もあったが、1980年代半ばからは経常赤字が続く。ただ所得収支は今も黒字を確保する。金融センターとして世界中から資金をひきつけ、余ったお金を海外投資に振り向けて稼ぐ形だ。主要国のなかでは、経済規模に比べて対外直接投資の残高が多い。 

過去に成熟した債権国として長続きした国はあまりない。米国も経常赤字国。基軸通貨国のメリットを生かして海外から大量に資金を集め、一部を対外投資に回して所得収支の黒字を保っている。 

10年末の対外直接投資残高を名目国内総生産(GDP)比でみると、日本は15%どまり。英国は75%、ドイツは43%、米国も33%と主要国の中で日本の出遅れは鮮明だ。

・・・日経紙面には、主要国の対外直接投資残高の名目GDP比の棒グラフがあり、各国の1990年と2010年が対比されているのだが、日本は水準、伸び率ともに低い。英米が世界中から投資資金を調達できるのは「基軸通貨国」のブランドがモノを言っているのだろうし、独仏の投資残高の伸びが高いのは、やはり単一通貨ユーロによる経済圏創出が追い風になっていると思われる。

ま~先行者である英国の場合は歴史的経緯もあって、後に続く国がそのまま再現できるモデルとは思えないけど、とにかく日本も、円の国際化や円経済圏の拡大を戦略的に進めながら「投資で稼ぐ力」を養わないと、あっという間に「債権取り崩し国」になってしまう恐れありだよ。

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2012年1月21日 (土)

貿易収支の明日はどっちだ

先日の日経新聞(1/9付)は、2011年の日本の貿易収支は31年ぶりに赤字になったのは確実、と伝えた。記事によれば、貿易赤字は構造的に定着してしまうとの見方が多く、2010年代半ばには貿易赤字が所得収支の黒字を上回り、経常収支も赤字になる、と試算する向きもあるという。

この貿易赤字は構造的との見方に反論するのが、1/19付の日経新聞市況欄コラム「大機小機」(貿易収支の先行きをどう見るか)。

コラム氏は、貿易赤字拡大の要因を、サプライチェーン(供給網)の寸断と世界貿易縮小による輸出減少、国際商品価格高騰による輸入価格上昇、原発事故に伴う火力発電用の液化天然ガス(LNG)の輸入増加、円高による輸出シェア低下、と分析。

そして現状は、円の対ドルと対人民元高に歯止めが掛かり、商品価格は下落に転じ、サプライチェーンも修復など、環境改善の兆しと指摘。ユーロ危機の影響についても、リーマン・ショックよりは軽いとの見方を示しているので、以下にメモする。

最大の心配は、ユーロ危機で輸出がどこまで落ち込むかだ。リーマン・ショックで世界貿易は4割縮小したが、2年後には元の水準に回復した。ユーロ危機の世界経済に対するデフレ効果は、過剰債務の規模などからみてリーマン・ショックの4割程度と想定される。仮に今回の輸出の落ち込みを前回の4割とすると、数ヵ月後には輸出が底入れし、来年末には大震災前の水準に回復する計算だ。原発の全面停止を想定しても、貿易赤字は今後徐々に縮小し、今年秋にも黒字転換が期待できそうだ。イラン紛争など予断を許さないが、貿易赤字転落は一時的現象とみるべきだろう。

・・・GDPは中国に抜かれ、さらに貿易赤字、経常赤字となれば日本は衰退コースをまっしぐら、と思う一方、「大機小機」が説くように、震災に原発事故、円高と、これだけマイナス要因が重なるのは稀だろうから貿易赤字もやはり一時的かも、とか思ってしまうし・・・先のことは分からねえ。

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2012年1月10日 (火)

アリストテレスと「資本主義」

新年早々、日経新聞にアリストテレスの名前をがあるのを見て「むむっ」という感じがした。「やさしい経済学」、執筆者は岩井克人先生、テーマは「貨幣論の系譜」。古代ギリシャのポリスにおいて、アリストテレスは「資本主義」を「発見」していたという・・・ことでメモする。

共同体がポリスにまで発展すると、「必要に迫られて、貨幣が案出された」とアリストテレスは述べる。 

貨幣が案出された当初は、それは交換の手段としてのみ使われていただろう。余ったモノと交換に貨幣を手にし、貨幣と交換に必要なモノを手に入れる。
だが、貨幣交換が拡大すると、手段と目的とが入れ替わってしまう。本来は交換の手段でしかない貨幣それ自体を、人々は欲し始めるのである。
貨幣でモノを買うのは、モノを売って貨幣を手に入れるためとなる。それが「商人術」である。(日経新聞1/6付・やさしい経済学「貨幣論の系譜3」)
 

なぜ人は貨幣それ自体を欲するのか? それは、貨幣がすべてのモノを手に入れる「可能性」を与えてくれるからだ。可能性それ自体としての貨幣に対する欲望には限りはない。貨幣の存在によって、人間は「無限への欲望」を手にしてしまったのである。 

事実、貨幣が交換の出発点であり目的点でもある商人術においては、目的点はさらなる拡大の出発点となり、貨幣によって一層の貨幣を求める「貨幣の無限の増殖」が始まってしまうと、アリストテレスは論ずる。すなわち商人術とは、現代では「資本主義」と呼ばれる経済活動にほかならない。 

ひとたび商人術が生まれると、人々は「善く生きることではなく、ただ生きることに熱中する」ようになり、共同体としてのポリスの自足性を内部から解体し始めるのである。 

共同体の高度化に不可欠な媒介としてポリスに導入された貨幣が、ポリスの共同体的な基盤を掘り崩す商人術を生み出してしまう。この逆説から、アリストテレスは目をそらさなかった。(日経新聞1/9付・やさしい経済学「貨幣論の系譜4」)

・・・自分的には最近、「アリストテレス」には敏感。何しろ、古代ギリシャからイスラームに伝わり、そこから中世ヨーロッパに逆流入。12世紀ルネサンスの学問的中心となりスコラ哲学の構築にも寄与した、これぞまさしく知の巨人。そのアリストテレスが貨幣の本性についても洞察していたってわけだから、さすが「万学の祖」って感じだ。

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2012年1月 7日 (土)

NHK「ニッポンのジレンマ」

元日夜のNHK教育、じゃなかったEテレ「ニッポンのジレンマ」、1970年以降生まれの若手論客12人が討論する番組が好評だったらしくて、今日7日の深夜に再放送される。何でも月内にNHK総合でも再放送される、らしい。

3時間の番組を、自分は元日の夜11時から録画しながら1時間見て就寝、翌日午前中に残り2時間を見た。全体的な印象は割と良くて、民放でやるオジサンたちががなり合う討論番組に比べると、若い世代の人たちは議論の作法を心得ているなあ、という感じだった。

ただし、やっぱり討論参加者12人というのは多くて、この半分で十分だろうなあ。参加メンバーの中では、自分の感じでいえば飯田、城、萱野、宇野の各氏がいれば良くって、起業家や女性論客は不要。それから古市君もビデオ出演じゃなくて、討論に入って欲しかったと思う。あと他に加えたくなるのは、やっぱり東浩紀(思想家、1971年生)とか、鈴木亘(経済学者、1970年生)だろうか。それと今回は年齢基準に引っかかるけど、「格差」をテーマにするなら湯浅誠(活動家、1969年生)が出ないと物足りないというのはある。

討論の最後には宇野氏から「徒労感」という言葉も出たけど、しかし決して空しい感じはしなくて、大体の問題点の認識と解決の方向としては討論者、そして視聴者の間でも共有されたんじゃないか、という感触はありました。今後も議論が継続されると良いと思います。

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