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2011年11月 5日 (土)

若者は立ち上がるべきなのか?

ウォール街「格差是正」デモをきっかけに、世界のあちこちで若年世代が社会の不公平を訴える中、日本における同様のデモは低調だった模様。「反原発」デモはそこそこ盛り上がっていたように思うんだけど、なぜ?・・・10月26日付日経新聞電子版記事(日本の若者はなぜ立ち上がらないのか)を読んだけど、学者やエコノミスト、コンサルタントの分析も、いまいち分かるような分からんような。

と思っていたら、その若者世代である研究者からの「反論」(BLOGOS、10月28日付インタビュー記事)がネットで目に付いた。語るのは古市憲寿氏、何と26歳。若いな~。でも読んでみると、さすがに「当事者」だけあって、日経記事の中高年識者の分析よりも、そこはかとなく今の若者のリアルが伝わってくるように感じた。

古市君は言うのだ、みんな「若者語り」が大好きですよね、と。そして巷間様々に語られる「若者論」がピンとこなかったこともあり、近著『絶望の国の幸福な若者たち』の中で、なぜネガティブな若者論が繰り返されてしまうのか、分析したとのこと。でも、間違った若者像を是正したいとは思うけど、「こうしよう」という提言をする気はないそうだ。とりあえず「社会を変える」ということについて、彼の考えをメモする。

そもそも学生運動が凄く美化されているように思います。実際、学生運動って何かを変えたんですか?今の若い人たちの方が勝手に好きなことをやりながら社会起業、ボランティアサークル、学生団体、ベンチャーのような形で、自分たちの関われる範囲で社会を変えようとしている。その方が学生運動なんかよりよっぽど真面目に、社会と関わろうとしている証拠なんじゃないでしょうか。 

「社会を変える」という言葉に、世の中の何もかもがガラッと変えるというイメージを持つべきではないと思います。身近な自分のまわりのコミュニティの人間関係を良くするとか、そういう小さいことの積み重ねのほうがよっぽど大事なんじゃないですか。逆にそこからしか社会は変えられないと思います。 

「社会を変えること」を目的ではなくて、結果と考えて、気楽に生きていけばいいんじゃないかなあと思います。

・・・50歳過ぎの自分が、20代の若者の味方をするわけでもないが、ごくまっとうな話だと感じる。結局、社会を変えるには、地道な活動を続けるしかないんだろうな。

正直、自分も、「なぜ若者は立ち上がらないのか」なんて言うより、「中高年が立ち上がるべきだろう」とか思う・・・(すいません、思うだけで立ち上がっていません)。

20代の発言者というと、自分の世代では80年代の浅田彰のイメージが鮮烈なわけだが、古市君がそうなるかどうかは別として、今の世の中にも、そういう人が出てきてほしいと思っている。

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