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2011年11月27日 (日)

『「世界史の構造」を読む』を読む

昨年(2010)、『世界史の構造』を出した柄谷行人。自分はというと、その昔ポストモダンが流行った頃、著作そのものではなくて対談やインタビューに目を通して、柄谷行人を何となく分かったような気分になっていた覚えがある。そんな柄谷行人の読み方(?)をしていた自分にとって、対談や討議が7本収められた『「世界史の構造」を読む』は良い本です。(苦笑)

以下にとりあえず自分にとっての最小限の要点を記します。

まず『世界史の構造』のモチーフとはどのようなものか。

それは社会構成体の歴史を、マルクス的「生産様式」ではなく、「交換様式」という経済的下部構造から捉えなおそうとする試みである。マルクス主義は、国家や民族や宗教などを、経済的下部構造に規定される観念的上部構造と見なした。とすれば、資本主義的な生産様式(階級関係)がなくなれば、国家は消滅するはずだが、たとえばソ連の国家権力や官僚機構が強大化したように、現実にはそうはならなかった。この経験と反省から、マルクス主義者は、上部構造の「相対的自立性」を重視するようになり、最後にはポストモダン思想が「経済的下部構造」を捨ててしまった。こういう状況に対して、柄谷先生は交換様式という視点を導入して、下部構造からの歴史認識を立て直そうとしている。

そして資本主義の現状について。

今は「資本の専制」が実現している。あらゆる領域で商品経済化が進められている。しかしそれは資本主義の強さの現われではない。むしろ資本主義が限界に追い詰められている現われであり、危機の最中にあるということだ。その端緒は1970年代初めに「一般的利潤率の低下」が起きたことだ。これを受けて、1980年代から「資本の輸出」による資本主義の危機克服の運動、いわゆる新自由主義が始まったが、それはむしろ新しい帝国主義と呼ぶべきものだ、と柄谷先生は言う。

こうして我々は新しい帝国主義の中にいる。だとしたら、将来の世界戦争を防ぐためにも、国家を揚棄して永遠平和を実現する「世界同時革命」が求められるのだが、それは日本が憲法第九条を実行することで先鞭を付けることができる・・・らしい。この世界同時革命の可能性は語られれば語られる程、その不可能性が示されるような気がしないでもない。(苦笑)

まあ、それはそれとして、ほかにも「恐慌とは、信用という観念性によって担保される資本主義の危機」とか、「普遍宗教は、自らが否定した国家に取り込まれることで世界宗教に転化した」とか興味深い指摘もあるし、とにかく資本主義社会の歴史と現実に対する新たな認識の枠組みと将来のビジョンを提示するという壮大な試みは、根底から物事を考えるということの具体的な姿と成果を我々に示しているように思われる。

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