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2011年10月16日 (日)

フェデリーコ2世評伝、邦訳!

本屋で初めて見た時、「ぎゃああああ~」と(心の中で)叫んだ、その本の名は『皇帝フリードリヒ二世』(カントーロヴィチ・著、小林公・訳、中央公論新社)。神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世(イタリア名フェデリーコ2世)の評伝が翻訳中と仄聞はしていたが、出るのはまだ先だろうと高を括っていたので、本屋にあるのを発見した時は本当に驚いた。何しろ大著、本文二段組み700ページ余り、お値段も税込7980円と超重量級翻訳本の登場だ。

個人的には今年2月にフェデリーコゆかりのシチリア島に行ってきたので、今年出してくれて本当に有り難う、みたいな感じです。

しかし原書が出たのは1927年と相当古い。今頃邦訳が出るのは、翻訳大国ニッポンらしくないね。まあ何にせよ買ってしまったので、とりあえず「訳者解説・あとがき」から、刊行当時の時代背景についてメモしてみる。

第一次世界大戦敗北によるドイツ帝国の消滅、屈辱と感じられたヴェルサイユ条約、輝きを欠いたヴァイマル共和国。当時多くのドイツ人は母国を栄光に満ちた偉大な国家へと蘇らせてくれる指導者を待ち望み、指導者の範例を、現在の惨めさとは対照的な輝かしい過去の中に求め、見出そうとしていた。このような人々の憧憬の知的・芸術的表現において重要な役割を演じたのが、ハイデルベルクの詩人シュテファン・ゲオルゲの周りに集まったエリートたちのサークルである。 

詩人はシュタウフェン家のフリードリヒを東洋と西洋、ギリシアとローマの文化を統合した世界支配者として賛美していた。フリードリヒ二世を礼賛するゲオルゲ・クライスに属する人々の中には、ゲオルゲの提案によって1922年以来フリードリヒの伝記を執筆していたカントーロヴィチも含まれていた。 

1927年に完成したフリードリヒ二世伝で描かれているのは、ゲオルゲのサークルにおいて憧憬された超人的指導者の化身であった。このような文学的パトスに満たされた伝記は、まさに皇帝不在の時代において、偉大なドイツ支配者像への想いが喚起されることを目的として書かれている。

・・・思い出したのは、1927年はハイデガーの『存在と時間』も刊行された年であること。つまり、『皇帝フリードリヒ二世』と『存在と時間』は共に、第一次世界大戦敗戦国ドイツの戦後の混沌の中から生み出された書物であり、同時代の雰囲気を共有しているんだろうな、ってこと。だからと言って、何を実感できるっていうもんでもないけど、ルネッサンスよりも前の13世紀に生きた、「世界の驚異」とか「アンチキリスト」とも呼ばれた皇帝って、既成の価値観を踏み越えるというのか、何となく実存、何となく超人、っぽい雰囲気だよな、とは思う。

(しかし俺、こんな分厚い本読むのか、読めるのか?)

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