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2011年8月 4日 (木)

あの渡邊さんのこと

僕が彼女を見たのは1993年11月のことだった。場所は日本橋の東洋経済新報社、「高橋亀吉賞」10周年の記念パーティの会場。高橋亀吉賞とは、東洋経済が毎年テーマを決めて募集している懸賞論文で、現在も続いている。

彼女の名前は渡邊泰子。1986年第3回高橋亀吉賞佳作入選者。募集テーマは「国際協調のための政策提言」、彼女の応募論文タイトルは「国際協調はCI(カントリー・アイデンティフィケーション)で」。選評は「説得力にやや欠けるが、分析に独創性がある」とのこと。高橋亀吉賞は最優秀作、優秀作、佳作とある(ついでに言うと、僕は1991年第8回佳作入選者なのでした)のだが、当時は優秀作以上の論文が「週刊東洋経済」に掲載されたので、佳作論文の内容までは分からない。(どうしても知りたいと思う向きは、東洋経済に直接尋ねてみるしかないだろう)

彼女の勤め先は東京電力企画部経済調査室。といえば、もう明らかだろう。彼女は、そのパーティの3年半後、1997年3月に渋谷で起きた殺人事件の被害者その人である。

ここにきて冤罪の可能性が高まったことで、改めてこの事件がネットの話題になり、ちらほら週刊誌ネタにもなっているけど、今週のスパ!と文春の記事を見たら、何だかしょうもない内容だった。まあ当時からこの事件は、物書きの意欲を刺激していたのは理解できる。でも、本人を直接知ることが不可能になった後に、その真実を理解しようとする試みには限界があると感じられる。例えば「総合職女性社員の挫折」という分かりやすいストーリーを作って、そこに社会の歪みの現われを見ようとするのも行き過ぎじゃないかと。

おそらく、生前の彼女を一度でも見たことがある人は、彼女の人格と人生に、一般人の安易な共感や下手な思い入れが許される余地などまるで無いことを直感するだろう。当時の週刊誌で目にした「不吉な感じのする人だった」「彼女が死んだと聞いて自殺だと思った」という周囲の人の言葉には、素直に同感した。件のパーティで見た彼女からは、他人に関心を向けるという人間の自然な心の動きが明瞭に感じられない気配がしたのだ。

結局、あの事件は大部分、被害者本人の資質や経験に由来する、ひどく特殊で病的な出来事としか了解できない。心理学者から示された「自己処罰」という言葉を使えば、他人には理解不可能な固有の事情から、彼女は際限のない自己処罰の道に入り込み、その行き着く果てに命を奪われた。それは、結果的に殆ど必然的な道筋、もしかすると彼女の「本望」だったのかも知れないと思うと、その救いの無さに慄然とする。他の道は無かったのか・・・しかし残念ながらそれが彼女の人生だった、と思い直すほかない。

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