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2011年8月31日 (水)

「橋爪×大澤」トークイベント

昨日の夜、『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)の著者である橋爪大三郎と大澤真幸、両先生の話を聞くため、ジュンク堂池袋本店のトークイベントに参加した。

大澤が最初に語り始めたのは1755年のリスボン大地震の話(これは、別のシンポジウムでも持ち出していた)。この出来事は、啓蒙の時代に改めて、全能の神が作ったこの世界になぜ理不尽な悪や不幸があるのか、という議論(神義論)を呼び起こした・・・後は、『ふしぎなキリスト教』と同様に、大澤が疑問を投げかけ、それに橋爪が答えて、さらに大澤が反応するというパターンで対話が進行。以下は、自分が面白いと思ったホッブスの話を含む橋爪発言のごく一部の、箇条書きに近い断片的なメモ。

神が創造した後の世界は自動的に動いていくが、時に神は介入することもできる。神の許可で世界は動いていく。とすれば、大地震も神が許可して起きた。その理由は人間には知りえない。結局、人間には分からない理由で大地震は起きた、ことになる。 

近代というのは、神を信じるのはそろそろ止めようという時代。そこで知識人が頼りにしたのは理性。理性は神からのプレゼントである。神がいなくなった後、人間の持っている一番良いものは理性。その理性に従って生きていくのが近代人。理性的な個人主義者が大勢になる近代は、合理的な設計をした国家を作る。

ホッブスの『リヴァイアサン』が非常に重要。その第三部と第四部は、殆ど神学論争。ホッブスは、地上に普遍的な教会などありえない、とカトリック批判を行う。それは裏を返せば、主権国家が存在するためには、教会は限定的な存在でなければならないことを意味する。 

キリスト教の文脈における「自然」、natureは「神が造ったそのまま」という意味。人間も神が造ったのでnatureを持つ。自然権、生存権、幸福追求権・・・がnature。

「万人の万人に対する戦争」、理性を持った人間がこの状態を克服するにはどうすればいいか。自然権を追求する人間の自由、これを人間自身が制限することはできる。自由意志によって、人間と人間が契約を結ぶ(神がそれを許可する)。その結果出来上がるのが、リヴァイアサンという「人工的な神」である。自然状態から社会状態への移行は、国家なしにではできない。

・・・ホッブスのほか、思想家ではロック、ルソー、ライプニッツ、ヴォルテール、ベンサム、ウェーバー等々の人名が挙げられて、キリスト教と近代社会の連関が語られた。

なお、この対話の模様は、大澤の個人誌『THINKING「O」』に掲載されるらしい(雑誌の発行元である左右社がツイートしていた)。

(しかし大澤先生が、不祥事?で大学を辞めていたとは知らなかったな)

ところで、僕はこのところ、哲学の齧りなおしと称して、朝日カルチャーセンターの「西洋哲学史」「世界史とキリスト教」「中世哲学入門」講座を受講。とりあえず目に付いたレクチャーに参加するようにしているのだが、こういう思想系の集まりには、必ずヘンなおじさんかおばさんが一人はいて、そいつがまたヘンな質問をするんだよ。このトークイベントでも、そういうヘンなジジイが元気にダラダラ質問したもんだから、イライラさせられたよ、ホントに。

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2011年8月30日 (火)

キリスト教の「終末遅延問題」

聖書を語る』(文藝春秋)は、佐藤優と中村うさぎの対談本。クリスチャン同士の対談から、非キリスト教徒にとって面白いと思われるところをメモする。まずは「終末遅延問題」。

中村:何度聞いても「はぁ?」って思っちゃうのは、「終末遅延問題」ってヤツね。新約聖書が書かれたのは、この「終末遅延問題」が動機なんでしょ?
佐藤:そう。イエスは、「私はすぐに来る」と言って消えた。でも、三年待っても五年待っても来ない。四十年待ったところで、ようやく心配になってきた(笑)。そこで、初めて福音書を書き著わそうという気になったわけですよ。
中村:イエスが死んだのはいつごろだっけ?
佐藤:紀元30年ごろですね。現在すでに千九百八十年ほど遅延しています。
中村:二千年近く経ってんじゃん!いくら何でも遅れすぎ!二千年も来なかったらさ、普通、もう来ないだろうって思うよね。信者たちは、そう思わないの?
佐藤:ですから、これは遅延であって、終末がないということではない。神学上の非常に深刻な問題で、業界では「終末遅延問題」と呼んでいます。
中村:この話を聞くたびに私は、なんでキリスト教徒はそんなの信じてるんだよって思うのよ(笑)。

・・・どっちにしても、キリスト教的には、イエスの誕生と世界の終末は決定的に重大な動かしがたい出来事、ということらしい。もう一つ、文献学的な「誤訳問題」についてメモ。

佐藤:旧約聖書はヘブライ語で、新約聖書はギリシア語です。新約聖書が書かれた時代に流通していた旧約聖書はギリシア語訳のものです。そしてヘブライ語からギリシア語に訳されたときに、けっこうたくさんの誤訳が生じた。典型的なのが処女降誕の「処女」。ヘブライ語では単に「年頃の女」だったのに、ギリシアには処女神であるアルテミス信仰があるものだから「処女」と訳しちゃった。
中村:「処女マリア」は誤訳だったんだ!
佐藤:そう。それが教義として定着してしまったわけです。
処女ということが誤訳から出てきた解釈であることは、文献学的にほぼ確定しているにもかかわらず、教会の平和のためには敢えて議論しないことになっているわけ。都合の悪いことについては黙る、というのが優れた神学者に求められる資質です。
中村:政治家みたいだね。

・・・何と言ってもキリスト教は信者数22億人、今のところ世界最大の宗教なんだけど、非キリスト教徒としては、こういう話を知ることで、やっぱりキリスト教って何かヘン、とか思って、少し安心するわけです。(苦笑)

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2011年8月29日 (月)

「シャインズ」と「コモンストック」

1990年前後、大企業に所属するサラリーマンが歌手デビューし、大企業を辞めたサラリーマンがロックバーを作るという出来事があった。前者が「シャインズ」、後者が「コモンストック」である。いずれも自分と同年代の人たち(シャインズは4歳下、コモンストックは1歳上)が実行した、スタイルとしては両極端の試みは、自分の中に強い印象を残した。

先日、杉村太郎氏の訃報に接して、シャインズのことはもちろん、コモンストックのことも思い出したのは、上記の理由による。もちろん両者に直接のつながりはない。でも、ひとつ記憶していたことがある。コモンストックを開業した二人が当時出版した本(『ころがる石ころになりたくて』)の中に、会社を辞めてロックバーを作る決心をした息子に宛てた、母親の苦悩に満ちた手紙の内容が記されているのだが、そこにシャインズが引き合いに出されている個所がある。母親はテレビ番組で彼らを見たらしい。引用してみる。

今ナイトラインという番組を見ていました、シャインズというへたくそな歌手のコンビが出演していました・・・・・・リスクが大きいからサラリーマンをやめるつもりはないとのこと、お前より若くても根性がありますね、ちかごろは理解を示す会社もあるよし、色々考えさせられました・・・・・・何度でも言います再考を。

母親というものは我が子の安泰だけを願っている、有り難い存在なわけで、会社と好きなことの両立を図るならともかく、会社を辞めて好きなことをするなんて言語道断、というのが母親の思いであったのは容易に想像がつく。それはそれとして、自分の中では、これがシャインズとコモンストックの接点?と言えなくもないかな。

結果的には、シャインズは3年、コモンストックは7年という存続期間だったけど、期間の長短が問題なのではなく、彼らの企てが自分も含めて多くの人の記憶に残った、というのが肝心なところだ。

自分にしかできないことをやる。会社の中に留まりながら、そのことにトライしたのがシャインズ。会社の中でそんなことできる訳ないんだから、会社の外に飛び出してやりたいことをやる、のがコモンストック。同年代である彼らの自らの可能性に賭けた挑戦を、自分は共感と羨望を持って眺めることしかできなかった。

男だったら誰でも若い頃、自分にしかできないことは何か、というヤクザな思いに捉われたことがあるだろう。しかし結局のところ、才能と覚悟、せめてどっちか一つ、が無いならば、それはただの夢として諦めた方が良いな。自分には二つとも無かったし、今ある自分を認めるほかないよ。(苦笑)

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2011年8月28日 (日)

秋元康が生んだシャインズ

先日、元シャインズの杉村太郎氏が亡くなったが、シャインズの相棒、伊藤洋介氏の本『バブルでしたねぇ。』(幻冬舎文庫)が今年の春に出ていたことに気が付いて、読んでみた。本の前半は、ボディコン、ディスコ、トレンディドラマ、リゲインなど、「あの頃」に関するコラムだが、やはりメインは後半の伊藤氏自身の就職活動、山一証券、そしてシャインズの話だろう。杉村、伊藤の両氏は色々ツテをたどって、1988年12月、あの秋元康氏と運命的な出会いを果たすことになった。以下に引用。

テレビでしか見たことのなかった時代の仕掛人秋元氏が、僕達の目の前でタバコを吹かしながら、貧乏ゆすりをしていた。(中略)
「それで、君達はもしデビューできても会社はやめないわけ?」
杉村が即座に答えた。
「もちろんです。僕達は生の若いサラリーマンの気持ち、考えを世の中に伝えたいんです。会社をやめては意味がありません。それに会社員じゃなくなったら『シャインズ』じゃなくなります」
「伊藤君もそうなの」
「当然です。本当のサラリーマンの実態はサラリーマンじゃなきゃわかりません。僕達がサラリーマンをやっているからこそ、共感してくれる人が出てくると思うんです。会社で働きながら歌を歌う、そこに僕達の存在意義があると確信しています」
秋元氏の貧乏ゆすりが止まった。
「それだったら、君達の力になれるかもしれないなあ」

・・・杉村・伊藤両氏の強い思いが、秋元氏に「コンセプト」として受け入れられ、「シャインズ」が誕生した瞬間だった。

このほか、最初は伊藤氏の芸能活動を承認していた会社が、バブル崩壊と共に手のひらを返したため、応援してくれていた社内の人々と別れることになる話も、ちょっと目がうるうるする。

シャインズ、なかなか面白かったよ、伊藤さん。(でも、東京プリンって結局何なの?苦笑)

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2011年8月27日 (土)

地政学的なエネルギー安全保障

ドイツ、イタリアが「脱原発」を決めたと言っても、ヨーロッパの国はお互いにエネルギー政策のバランスを取っている面もある。エネルギー政策は、地政学的な安全保障政策と合わせて考える必要がある――昨日26日付日経新聞、田中伸男・国際エネルギー機関(IEA)事務局長のインタビュー記事からメモ。

「欧州は大きい。国が近い。信頼が深い。エネルギー統一市場をイメージできる。ドイツは石炭、フランスは原発、イタリアはガスというようにバランスを取れる」

「欧州は北アフリカでも太陽光を手掛けている。北アフリカにはお金が入り、欧州には電力が行く。世界は地政学的な戦略の中でエネルギーのポートフォリオを考えている」

「エネルギー安全保障を考えていない国はない。スペインの会社は世界一の風力発電を誇る。イタリアは原発技術を保とうと東欧に原発を建設している。みな歯を食いしばっている。日本は脱原発を言いながら、再生可能エネルギーの戦略をきちんと組み立てているわけでもない」

「アジアでも、タイ、マレーシア、シンガポールがエネルギーの共同備蓄に動いている。エネルギー安保はそれほど重要で、練りに練った国家戦略が必要な課題なのだ」

「日本海を地中海に見立て、ロシアや韓国と送電線を結ぶ環日本海グリッドというのはあり得る。国内の電力市場改革も不可欠だ。日本は東西で断絶していて、各社の間も接続が弱い。国内がつながっていないのに、国際送電線をつなげるわけがない。競わないから、国際化する力も高まらない。これから考えるべきなのは、国際的な広域連系線のマーケットだ」

・・・エネルギー政策も外交問題なんだなあ。

原発だけを取り上げれば、正直もう勘弁してくれとなるが、現実的には大きな地政学的なエネルギー安全保障政策がまずあって、その中で今後の原発政策も位置づけられないといけないのだろう。

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2011年8月26日 (金)

さらば、「市民」総理

菅直人首相が正式に退陣表明。管政権とは何だったのか。本日付日経新聞の社説(権力の真ん中で「市民運動」続けた菅首相)からメモしてみる。

残念ながら、菅首相の政権運営に高い評価は与えられない。
なぜだろうかとふり返ると、政治手法に問題があったことが指摘できる。権力のど真ん中にいても、権力をチェックする役割である市民運動の行動様式をつづけ、統治側のトップになれなかったとみえるからだ。

菅首相の政治手法の特徴は「脱」にある。(脱官僚、脱原発、脱小沢の)3つの脱だ。
なぜ脱路線なのか。それは世論の支持が得られるとの読みからである。脱官僚にしても脱原発にしても、脱小沢にしても、みなそうだ。

市民運動家としてのしあがってきた首相は、常にメディアがどう取り上げ、有権者がどんな反応をするかに関心がゆき、それが政治判断の基準になっている。政権運営にも市民運動家の思想と行動を持ち込んだ、といえる。

もうひとつ、首相の政治手法の特徴は、次から次へと政策の課題設定を変えていくことにある(消費税、TPP、脱原発)。浜岡原発の運転停止や脱原発依存も、手続きなどお構いなしに発信する。組織を動かす発想ではない。常に動いていることで組織の求心力を維持する運動体の発想だ。ここにも市民運動家の顔がのぞく。

・・・菅首相の語る「政策」の、目指す方向性は別に間違ってないように思える。だから、それを「思いつき」呼ばわりするのはちょっと酷かなという気はするのだが、国民の間には、ホントにできるのか?ただのウケ狙いじゃないの?という、要するに実行力の部分で疑わしい気分が、いつもそこはかとなく漂っていたように思う。その辺は、馬鹿の一つ覚えのように「郵政民営化」をずーっと唱えていた小泉「変人」宰相の方が、説得力という点では格段に上だった。

かつて10年余り前、「総理にしたい人」ナンバーワンだった菅直人の政権は、いささか空回り気味のまま終焉を迎えた。もう少し具体的な成果を挙げて欲しかったとも思うが、そもそも総理になるタイミングが遅すぎたかも知れない。何しろ総理になるまでに、なんだかんだと権力闘争でくたびれてしまう。その辺は同情したいところだ。

一方で、やはり市民運動家的発想から抜け切れないとしたら、結局こんなもんだったのかなとも思っちゃうけどね。

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2011年8月25日 (木)

米国経済は「日本化」した。

米国では、経済の「日本化」(ジャパナイゼーション)が危惧されている。本日付日経新聞の国際面記事(米で「日本化」懸念 拡大)からメモ。 

「恐らく米は日本と同じ」。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は最近、98年秋のトリプルA喪失後の日本の「失われた10年」を引き合いに米経済の先行きの暗さを分析した。フォーブスなど米有力誌も相次ぎ「日本化」特集を組み、懸念の広がりを浮き立たせている。

債務上限問題を巡る深刻な党派対立でオバマ政権の支持率は急落。危機時に求められる政治指導力の欠如は日米共通の課題だ。国内総生産(GDP)比でみた米の借金は12年に100%を突破する見込みで、財政の制約も強まる一方だ。

バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長は6月下旬の会見で、「(家計の)バランスシートの弱さは思った以上だ」と発言。
さらにFRBが2013年半ばまでの実質ゼロ金利政策継続を打ち出したことで、米当局者らは長期量的緩和に突き進んだ日本の「いつか来た道」を意識せざるを得なくなっている。

・・・国債格下げ、実質ゼロ金利政策の長期化、政府債務の膨張と、1990年代バブル崩壊後の日本と同じ道を歩む米国。もちろん違う点もある。再びメモする。

一方で、日本との相違点も多い。移民などをテコに米国の総人口は約年1%という先進国では驚異的なペースで伸びている。この10年で東京都2つ分もの人口が増えた計算だ。急速な人口減と高齢化に見舞われる日本に比べ、米の成長潜在力は格段に大きい。

・・・このほか、円高デフレの日本に対して、米国の物価上昇率はプラスという違いも示されている。

まあ、人口が増えていくというのは、やっぱり大きいな。現状では米国経済はかなりの程度「日本化」していると思っていいけど、それがだらだら続くとも考えにくい。何しろ経済低迷の「本家」日本は「失われた10年」が20年になり、最近もJapainやらNewly declining countryとか呼ばれて、このまま「沈没」するんじゃないかと、暗~く考えてしまう。人口減少、高齢化に伴い、変革のエネルギーも失われつつあるような気がする。

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2011年8月24日 (水)

「シラケ世代」の「シニシズム」

雑誌「atプラス」9月号の特集は「震災・原発と新たな社会運動」。6月に行われた同テーマのシンポジウムの記録から、浅田彰の発言をメモする。

ポストモダン・シニシズムと批判されるのを覚悟であえていえば、震災と原発事故があったからといっていまさら騒ぐことはないというのが、僕の基本的なレスポンスです。京都で昼寝をしていて地震に気づかなかった「非国民」としては、やたらと「国難」とか「がんばろう!日本」とかいう言葉が躍っているのを異様に感じます。原発事故も、いままで反対派が口を酸っぱくしていってきたとおりのことが起こったまでのこと、今回、新たに知るようなことはほとんど何もなかった。

・・・浅田彰のこういう、しれっとした物言いが好きだ。それは、やっぱり自分と同世代ということもあるんだろう。つまり10代の時は「シラケ世代」、20代の時は「新人類」とか呼ばれた世代。そんな世代としては、今の震災や原発に対する、ヘンに力んだ言論の在り方には、しれっとした視線を向けたくなるというものだ。

「3.11」以降の日本は変わるとか、こうすべきだとか、ここぞとばかり人文系、政治経済系問わず、プロの物書きから大量の意見・提言が発信されている。自分ももう若くもないので、いちいちチェックする気力を失っているせいもあるのだが、何かもう、そんなに目新らしい見方もないだろうな、と最初から高を括ってしまっている。

日本社会の中長期的な課題は変わっていない。グローバル化や人口減少に対応するため、経済を効率化し生産性を高めること。それは震災があろうがなかろうが、日本は変わらなければならないことを意味する。しかしリーマン・ショック以降、経済の効率化に向けた動きは停滞し、さらに当面は、復興という短期的な課題に注意が向けられることにより、中長期的な課題はますますなおざりにされそうな気配。しかし、成るようにしか成らないだろうね。やっぱりシニシズム?(苦笑)

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2011年8月23日 (火)

日本の財政再建と円の国際化

超円高は日本に国際的流動性を期待する動き、と説くのは櫻川昌哉・慶応義塾大学教授。本日付日経新聞「経済教室」(ドル体制終焉の引き金に)からメモする。

欧米各国は、政府債務残高のGDP比が100%に達しようとする段階で財政リスクが取りざたされるのに、日本は200%を超えても国債の消化が順調で利回りが安定している。その理由のひとつは、国内投資家の保有比率が約95%と高いことである。

(米国の)債務上限を巡る議論から透けて見えるのは、対外依存度が50%近くに達する国家財政に国債増発の余地は少なく、今後安定的に流動性を供給することが難しくなりつつあるという事実だ。

ある通貨が基軸通貨になるためには、通貨価値の安定と潤沢な流動性供給が保証されなければならない。

(ドルは)他の主要通貨に対して減価を繰り返しながら流動性を世界に供給するという不安定な状態が続いたが、今回のドル不安は、ドル体制の終焉への始まりと理解せざるを得ない。

世界経済の安定のためには、ドル不足を補う新たな流動性の供給元を見つけるしかない。新たな流動性の供給元は、対外資産が潤沢で通貨価値が安定しており、かつ大量の流動性つまり国債を発行し、さらには国債の対外依存度が低く海外での国債発行余力が高いという、3つの条件を兼ね備えている必要がある。これらの条件を満たすのは、実は日本だけである。

現在のドル体制では、対外資産が債務超過の米国の通貨が基軸通貨として使われ、豊富な対外資産を持つ日本と中国の通貨は、ほとんど国際通貨として利用されないという、「ねじれ現象」が生じている。こうしたねじれは、いつまでも続かないことを、歴史は教えてくれる。

今回の歴史的円高はポストドル体制に向けて、国際的流動性について米国債から日本国債への、一部肩代わりを求める市場の期待と理解できる。好むと好まざるとにかかわらず、日本国債の対外依存度は高まり、日本の財政は外国人投資家から強い規律付けを受けることになるだろう。確かなのは、日本の財政再建はもはや日本経済だけの問題ではなく、国際通貨体制の安定に関わる世界経済の問題だということだ。

・・・円は「隠れ基軸通貨」だという話もあるが、まともな基軸通貨となるためには、日本が強い意志を持って、財政再建と円の国際化、セットで取り組む必要がある。それは世界経済の安定にも寄与する、ということ。

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2011年8月22日 (月)

「シャインズ」という「時代の気分」

杉村太郎?あの「シャインズ」の?死んだって?まだ若いんじゃないの?47歳!がんで・・・・自分より若い人の死のニュースは、驚きはもちろん、自分もいつ死んでもおかしくないんだな、という気持ちにさせられる。

シャインズのCD「上司は選べない」、まだ持ってたかな・・・ありましたよ。すんごい久しぶり、たぶん20年ぶりに聴いてみました、「私の彼はサラリーマン」。歌詞はこんなの。

私の彼は商社の男 プライド高いが腰は低い
アタッシュケースで決めて 中身はムースとブラシだけ
中古のBM乗っているけど 習志野ナンバー
商社 商社 商社の男 ゴマをするのが悪い癖です

私の彼は銀行の男 外見はかたいが中身もかたい
頭はみんな七、三、ネクタイ結び目でかい
財形、家計簿、日記に献血、絶対欠かさない
銀行 銀行 銀行の男 個性が無いのが悩みの種です

私の彼は業界の男 見た目は若いが 髪の毛うすい
タレントつれてりゃ顔パス 会話はみんなさかさま
睡眠時間の少ないことをやたらと自慢する
業界 業界 業界の男 よくよく聞いたらアルバイトだった

・・・ほかにアパレルの男、ディスコの黒服、金持ちボンボンがあるけど省略。

何でこんなCDずっと持ってたんだか・・・別に大ヒットしたわけでもないし、優れた作品だというわけでもない(苦笑)。でもね、シャインズという「歌って踊れるサラリーマン」はまさしく、後に「バブル」と呼ばれる時代の気分と分かち難く結びついていた、ってことは言える。そういう意味で、密かに捨てがたいものを感じているんだな。だから聴くこともないのに、とっておいた、ってことなんだろう。

でも、こんなきっかけで聴き直すとは、思いもよらなかったよ。ちょっと哀しいな。

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2011年8月21日 (日)

カツオ人間、見ちゃった。

金曜日(19日)の日経新聞社会面に小さく紹介されていた「カツオ人間」が、とっても気になったので、日曜日の今日、雨の降る中、銀座一丁目にある高知県のアンテナショップ「まるごと高知」に出かけて、カツオ人間を目撃した。(ハイ、物好きです)

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カツオ人間は今日は一日店長ということで、午前10時半の開店から入り口に立ち、よさこいの鳴子を手にして、坂本龍馬像と共にお客さんを出迎えていた。

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白いネジリふんどしを締めた手足の短い黒い体に、大きなカツオの頭がドンと乗っかっている姿は、それだけでも結構なインパクトがあるのに、さらにその後頭部というか、顔が右を向いているので左側面になるのか、とにかくその部位がモロ切断面になっていて、赤身と白い骨がむき出しという有り様は、見てしまった者の心に苦笑と恐怖と脱力がないまぜになった感情を呼び起こすのであった。巷では「グロゆるキャラ」なる新ジャンル名も生まれているらしい。

8月中はPR大使として東京で活動するが、9月には「戻りカツオと一緒に高知に帰る」とのこと。

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2011年8月20日 (土)

先進国、「日本化」のドツボに

欧米経済、特にアメリカは国債格下げとゼロ金利の長期化という事態を迎えて、既にちらほら指摘されていた「日本化」の様相がいよいよ色濃くなってきた。8月17日付日経新聞市況面コラム「大機小機」(日本化する欧米経済)からメモする。

英誌エコノミストの記事によれば、米欧では指導者が財政赤字削減やユーロ危機収拾などで痛みを伴う決断を避け続けており、「日本化」しているという。
昨年10月にも米ニューヨーク・タイムズ紙が、欧米で「消費者が消費することを拒否し、企業が投資を手控え、銀行が現金を留保すると、需要が崩壊し、日本と同じデフレのわなに陥る」と警告した。ただし当時こうした見方は少数派であった。

しかし今回の米国債の格下げとそれに続く市場の動揺、そして米連邦準備理事会(FRB)がゼロ金利を少なくとも2年間続けると表明したことによって、米国も日本と同様に流動性のわなに陥っているとの見方が広がっている。

大々的な財政出動にもかかわらず、景気は浮揚せず、巨額の政府債務が残った。金融政策にも限界がある。
そもそも金融政策に成長促進や、財政出動に代わる効果を期待することが間違いであるとの認識も広がっている。

・・・「日本化」とはよく言ったもので、どうやらバブル→バブル崩壊→財政出動と金融緩和→政府債務の膨張と緩慢な景気回復→財政出動の打ち止めと金融緩和の長期化、という具合に、まさにかつての日本と同じ筋道でアメリカ経済は低迷が長引きそうな気配。いわゆる「バランスシート不況」で、民間の抱える債務の削減がある程度進むまでは、景気の力強い拡大は期待できそうもない。要するに時間が経たないとダメ、今しばらくは辛抱するしかないって感じ。

じゃあそもそもバブルを作らなきゃ良かったのに、と思わないでもないが、先進国は成長を高めようとしたら、今ではもうバブルなしには不可能になってる訳だ、多分。どっちにしても先進国はドツボに入ってる。(ため息)

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2011年8月19日 (金)

「レッド・マンデー」20周年

今日は8月19日。本日付日経新聞1面のコラム「春秋」からメモ。

ソ連解体の流れを食い止めようとした1991年の保守派クーデターから、きょうで20年。三日天下で終わった保守派の乱は、逆に民主化の嵐を巻き起こし、ソ連崩壊の引き金になった。ところが、当時の高揚感はどこへやら。昨今のロシアでは、ソ連崩壊を悔やむ国民が6割近くに上るという。

直近の世論調査でも、この事件を「民主革命の勝利」としたのは、わずか10%。「国の破滅を招いた悲劇的なできごと」「単なる権力闘争」と突き放す市民がほとんどだった。

・・・う~ん、ロシア人というのはよく分からんな。
ところで、あの1991年8月19日は月曜日で、このクーデター騒ぎのニュースにより株価が下落したため、証券業界的には「レッド・マンデー」なる呼び名もある。その4年前、1987年10月19日月曜日の米国株大暴落が「ブラック・マンデー」なので、黒と赤、証券業界的には記憶に残る呼び名の出来事なんだけど、あんまり一般的ではないようですな。(苦笑)

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2011年8月18日 (木)

カレーライスはcurry and rice?

NHK教育テレビの「トラッドジャパン」という番組がある(毎週木曜日夜11時~11時20分)。日本文化を英語で語るという内容で、今夜のテーマは「カレーライス」。英語で言うとcurry and rice?・・・それがどうもそうでもないらしい。番組テキストからメモ。

カレーライスを英語で説明する時、一般にcurry and riceと訳されることが多いようですが、英語で考えると意味があまり明確ではありません。18世紀のイギリスに、当時イギリスの植民地であったインドから様々な香辛料を用いた料理が伝わりました。英語では、それらのインド料理を総称してcurryと呼ぶようになりました。つまり、英語のcurryは実に多種多様なのです。その上、riceもジャポニカ米やインディカ米など種類が複数あります。こういったことから、curryとriceを組み合わせたcurry and riceという名称が何を指すかは曖昧で、日本のカレーライスという特定の料理を想像するのは難しいのです。  

日本の主食は米、riceです。curryは外国では、パンや米の付けあわせと一緒に食されますが、日本では、curryが伝来した当時から、米と一緒に食べるのが常識でした。つまり、カレー料理を考えた場合、カレーのソースは、ご飯に添えるいわば副食・おかずの役割を果たしており、主食にあたるライスという言葉を付けないと、正しいイメージがわかなかったのでしょう。英語で言うcurryでは、ソースそのものが主食であるため、たとえライスやパンが添えられていても単にcurryとしか呼ばないわけです。 

一方で、curryの種類を意味する場合には、インド風を指してIndian curry、タイ風を指してThai curryなどと呼ばれます。それらの呼称から考えて、日本風であるカレーライスはJapanese curryと呼ぶのがふさわしいと思われるわけです。

・・・「カレーとライス」じゃなくって、両者が合体した「カレーライス」は、米を主食とする日本人の一大発明とも言えるカレー料理なのですね。

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2011年8月17日 (水)

「エレキング」と「鈴木賢司」

ウルトラ怪獣DVDコレクション、シリーズの最新号は「エレキング」。で、思い出すのは昔、「クラブ・エレキング」というFM番組を持っていた鈴木賢司というギタリストのこと。「CLUB ELEKING」は、彼のファンクラブ名でもあったし、アルバムに収められた楽曲の名前でもある。

僕が鈴木賢司を知ったのは1985年、ディープパープルの来日公演。武道館のステージで前座を務めた若いギタリストは、脚を蹴り上げるなど大きなアクションで元気いっぱいにギターを弾きまくっていた。その姿が強く印象に残り、もちろんギターも凄く上手いと感じたので、翌1986年に出された彼のアルバム「COSMIC WORDS」も買った。非常に質の高いギター・インストゥルメンタル・アルバム。もちろん今も持ってる。

その鈴木賢司、僕にとっては「あの人はいま」状態だったので、これを機会に検索してみたら、80年代の終わりには早々と海外に活動拠点を移して、キャリアを積み重ねていたのだった。全然知らんかった。でも、彼が参加したシンプリー・レッドというバンドは正直知らないし、どうしたことかハワイアンも手掛けているらしい。どうも若い頃と音楽の指向が随分違っちゃってるような感じで、何だかビミョーな気分になった。

ギター・インストゥルメンタルのテクニックとセンスでは、イングヴェイ・マルムスティーンとも勝負できるロックギタリスト、っていう感じがするので、どこかで思いっきりロックしてもらえれば、今の鈴木賢司も聴きたいなと思う。

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2011年8月14日 (日)

ピット星人の思い出

「ウルトラ怪獣」のDVDコレクション(講談社)の第3号「エレキング」が発売されているのを見て、そういや俺は子供の頃、ピット星人と握手したことがあったな、と思った。

場所は東京タワーで、たぶん当時あちこちで開催された「怪獣大会」と称する怪獣着ぐるみ展示会?の類だったと思う。会場の照明は控えめで薄暗い中、何を見たかまるで覚えてないが、展示を見終わって最後、出口の辺りにピット星人がいて、歩く流れのままに、握手した。きゃしゃな柔らかい手の感触だった。「ウルトラセブン」の物語の中で、ピット星人は地球人の少女に変身しているのだが、宇宙人の姿でも女性が扮装しているような感じではあった、今思うと。テレビの中の巨大怪獣は着ぐるみだと小さくなっちゃう(当たり前だ)けど、宇宙人は等身大だから、そういう意味では少~しリアルで不思議な感じはした。

しかしピット星人は、デザイン的にはあんまり惹きつけられるものが無いのう。バルタン星人がセミから発想しているなら、ピット星人はトンボということなのかも知れないが、制作の力の入れ具合は随分と差がある感じ。まあ「セブン」の話ではエレキングが主役で、それを操るピット星人は脇役ということもあるんだろうけど。

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2011年8月13日 (土)

コマツの強い経営

強い会社を作り上げた経営者の揺るぎない声を聴いたように思う。昨日12日付日経新聞1面、坂根正弘・コマツ会長のインタビュー記事からメモ。

「コマツは建設機械を国内外で半分ずつ生産している。昨年度の営業利益は2200億円だったが、うち1300億円は海外生産・販売で稼いだ。輸出のもうけは800億円。国内で造り国内で売って得た利益は100億円にすぎない。なぜ日本でもうからないのか。縮む国内市場にプレーヤーがいっぱいいて消耗戦をやっている」

「1980年代後半以降、当社は米2位メーカーと提携し、ドイツやイタリアなどでは同業を買収した。業界再編を自ら主導したために日本を除けば過当競争がなくなり、それぞれの市場で稼げるようになった」

「技術を磨き輸出競争力を高めるのは当然。加えて円高で苦しくても値下げ競争に加わらず、率先して値上げしてきた。当社は中国を含むアジアの建機トップ。業界で強い立場だからこそ過当競争と無縁でいられる。そうでなければ日本で生産していられない」

「(日本企業が生かすべき強みは)あらゆる部品・素材を国内で調達できる産業集積だ。こんな国は世界にない。協力企業とは一心同体。(開発や資金調達などの)コストの一部を負担するなど、協力企業の賃上げを間接支援する工夫が要る」

「思い切って海外に出た(協力)企業は当社以外との取引が拡大している。国内工場で注文が増え、日本に残った企業と比べて競争力を高めた事例がある。一見すれば空洞化のようでも、アジアの成長を取り込めれば果実は必ず日本に帰ってくる」

「今ほど製造業に攻めが求められている時はなく、攻めるなら海外だ。これだけの円高なのだから、借金をしてでも海外の会社を買うぐらいの戦略に打って出るべきだ」

・・・円高に負けない、円高を生かす経営。ニッポン企業よ、海外へ打って出よ!

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2011年8月12日 (金)

マルコ福音書を読んだ

聖書を読むなら、新約聖書の4つの福音書の中で一番短い、最初に書かれたマルコ福音書から始めるのが良いのでは、という専門家の意見(山形孝夫、土井かおる)を目にしたので、ならばと読んでみましたマルコ福音書。テキストは佐藤優・解説の文春新書(新共同訳)。

イエスの行う奇跡と教え、十字架に架けられるまでの物語が淡々と進んでいくが、何というのかどうも意味不明の言葉もあって、すんなりとは頭や心に入ってこない・・・。

大体、「悪霊」とか「汚れた霊」というのは結局何なのだろう? やたらに悪霊を退散させるイエス。まさにエクソシストなんだよなあ、この人。そして、「人の子」という言い方がまたわからない。(旧約に由来するメシヤ、救い主という意味を含む言葉らしい)

やたらと思わせぶりに語るイエス。その一方できっぱり語るときはいきなり、「はっきり言っておく」。これが、イエスの決めゼリフなんだなあ。(苦笑)

佐藤優の解説によると、マルコの「結び」の部分は、後代の加筆であると文献学的にはほぼ確定しているそうだ。つまり、復活したイエスが人々の前に姿を現す話は後に追加された部分で、もともとはイエスの遺体が墓の中から消えた、そこで終わっていると。しかし、空っぽの墓の中に座っていた、白い長い衣を着た若者って誰だよ。(苦笑)

訳のわからないところはありますが、まあとにかく聖書、やっと一部分だけ読みました。後は、キリスト教のストーリーを作り上げたパウロ、その手紙を読めば、とりあえず自分的には充分であろうと想定しております。

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2011年8月 8日 (月)

キリスト教の愛とは

ホームレス支援活動で知られる奥田知志氏の『もう、ひとりにさせない』(いのちのことば社)の中に、キリスト教の愛について説明されている個所があるのでメモ。

「キリスト教は愛の宗教です。イエス・キリストは隣人を愛せよと教えられています。しかもその愛は、アガペーという言葉で、すなわち無償の愛とか自己犠牲の愛と言われるものです。罪のないイエスが私たちのために十字架にかかってくださった。このような無償の愛こそがキリスト教的愛なのです。」

・・・ただし、奥田氏は自身の活動はアガペーの実践では決してない、と仰る。う~ん、でも外から見ると充分そうなんですけど。

奥田氏の尊敬する人物はドイツの神学者ボンヘッファーということだが、この本にもボンヘッファーの著作から同じ文章が2回引用されている。以下にメモ。

「イエスが、すべての人間の罪を御自身に負い給うたゆえに、すべての責任ある行動者は、他の罪を負う者となる。罪の責任から逃れようとする者は、人間存在の究極の現実から離れ、しかしまた同時に、罪なきイエス・キリストが、罪ある人間の罪を負い給うという救いの秘儀を離れ、この出来事の上に示されている神の義認とは全く何の関わりをも持たないことになる。」

・・・つまり、十字架上のイエスが示した、他人の罪を引き受けるということが、人間存在の究極の現実なのである。(らしいです)

ちょっとたじろぎますが、奥田氏は続けてユーモラスに語る。再びメモ。

「所詮、赤の他人じゃないか。あなたに責任はない。あなたと関係ないじゃないか。自業自得。なのに、なんで他人事に関わるんだ。他人のことで苦しむなんて、あんたはアホか。」これらは、クリスチャンにとっては祝福の言葉である。「アホや」と言われたイエスをキリスト(救い主)と告白し、このイエス・キリストに従う者は、当然「お前もアホや」と言われる。そんなふうにあざけられたら、少しうれしい。そう、それでいいのだ。

・・・まあ、「無償の愛」とか言われると「無理」とか思っちゃうんだけど、もう少し軽く考えて「シンパシー」の能力を高める、くらいなら自分にもできるかな。

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2011年8月 7日 (日)

神学者ボンヘッファー

最近は、哲学史や中世史、キリスト教関連の本を買っている。読んでいるとまではいえないんだが、本に目を通していると、興味深い歴史的人物を見つけた。ドイツの神学者ボンヘッファー。佐藤優の『神学部とは何か』(新教出版社、2009)からメモする。

ディートリッヒ・ボンヘッファーは、たいへん早熟なドイツの神学者だった。1920年代、ボンヘッファーがまだ21歳のとき、社会学の方法を神学に適用した「聖徒の交わり」という博士論文で神学界に鮮烈なデビューを果たした。

ボンヘッファーは、ヒトラー暗殺計画に参与する。だが1943年にゲシュタポに逮捕されてしまう。暗殺計画自体は、1944年7月20日に決行されたが、失敗に終わり、結局ボンヘッファーは1945年4月9日に処刑された。このように、彼は「行動する神学者」であった。

ボンヘッファーの生涯から学ばされることは、キリスト教およびキリスト教徒の本来の姿である。彼は、あえてヒトラー暗殺計画に参与することを選んだ。自分の選んだ手段が神の前では罪とされるかもしれないことを十分に自覚し、究極的な裁きを神に委ねつつ決断したのである。むしろ、神に委ねたからこそ決断できたのかもしれない。

ボンヘッファーの思想は、逮捕後の獄中生活で更に深められた。残念ながら39歳でこの世を去ったので、体系的な神学書を残さなかったが、その人生から神学を学ばされるタイプの神学者だ。ボンヘッファーの神学が「伝記としての神学」と言われるゆえんである。

・・・ナチスへの抵抗というと、人物としては暗殺計画の実行者シュタウフェンベルク大佐や、白バラ運動のショル兄妹が思い浮かぶが、こういう人もいたんだなあという感じ。

ホームレス支援運動で知られる牧師の奥田知志氏も、ボンヘッファーを尊敬しているとか。なるほどなあ。行動する神学者だもんなあ。何となく納得するものがあるよ。

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2011年8月 6日 (土)

五木寛之と野坂昭如

今週後半の日経新聞文化面のテーマ記事「8・15からの眼差し」、8月3日の五木寛之(インタビュー)から始まった連載は、今日6日の野坂昭如(寄稿)で終了。自分的には、五木寛之と野坂昭如という組み合わせは、懐かし~という感じがしてしまう。両者の発言からメモしてみる。まずは五木から。

「12歳で迎えた敗戦は大事件だった。その前と後では、ものの見方が変わってしまった」

「66年前の敗戦の時は、杜甫の詩の『国破れて山河あり』という状況だった。国は敗れたが、日本の里はあった。いま私たちに突きつけられているのは、『山河破れて国あり』という現実ではないか」

「原発の再開も、復興の予算も今も国が決定する。今も国はあるんです。ただ、今ほど公に対する不信、国を愛するということに対する危惧の念が深まっている時代はない」

「未来への希望が語れないとすれば、きょう一日、きょう一日と生きていくしかないという実感です。敗戦の時はまだ明日が見えた。今は明日が見えない。だから今この瞬間を大切に生きる。国は私たちを最後まで守ってはくれない」

次は野坂。

「語弊があるかもしれないが、昭和20年の焼跡は、いっそあっけらかんと明るい印象だった。この度は違う。先が見えず、立ち尽くすしかない。ため息すら出なかっただろうと思う」

「戦後66年を経て、かえりみれば被災地だけじゃない、都会もまた紙一重で明日は焼跡じゃないか。文明に囲まれ、物質的豊かさの中で暮らし、飽食の時代とやらを過ごす。しかしすべて砂上の楼閣」

「戦争を思い出すのは夏だけ。それさえあやふや。平和、豊かさ、モノの時代とやらに明け暮れるうち、大事なものをどこかに置き、長生きこそ良しとしてきた」

「豊かさと引き換えに失ったものは大きい。この度の震災は国難に違いない。今こそ、日本人一人一人が立ち止り、考える時である」

・・・まあ何か、二人とも前から言ってるようなことだなと思わないでもないが、五木と野坂は共に昭和ひとケタ生まれ。なので自分は、作家の言葉というより、親世代の言葉として聞いてしまうところがある。戦争が終わって価値観ががらっと変わる経験をした世代の、「お上」を信じていないとか、戦後の繁栄にも空虚なものを見るとか、そんな感覚が、意識的にか無意識的にか、子供世代の自分たちにも伝わっているような気がする。

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2011年8月 5日 (金)

吉本隆明の反「反原発」

本日付日経新聞の文化面に、吉本隆明のインタビュー記事がある。原発について語っている部分を引用する。

「原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や硬い物質を透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある」

「燃料としては桁違いにコストが安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を、後戻りさせるという選択はあり得ない。それは、人類をやめろ、というのと同じです」

「だから危険な場所まで科学を発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完璧な防御装置をつくる以外に方法はない。今回のように危険性を知らせない、とか安全面で不注意があるというのは論外です」

・・・原理主義者吉本隆明は健在。科学技術の問題は科学技術の進歩で解決する、という科学技術そのものを肯定する姿勢も不変。良くも悪くもブレのない思想家ではある。

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2011年8月 4日 (木)

あの渡邊さんのこと

僕が彼女を見たのは1993年11月のことだった。場所は日本橋の東洋経済新報社、「高橋亀吉賞」10周年の記念パーティの会場。高橋亀吉賞とは、東洋経済が毎年テーマを決めて募集している懸賞論文で、現在も続いている。

彼女の名前は渡邊泰子。1986年第3回高橋亀吉賞佳作入選者。募集テーマは「国際協調のための政策提言」、彼女の応募論文タイトルは「国際協調はCI(カントリー・アイデンティフィケーション)で」。選評は「説得力にやや欠けるが、分析に独創性がある」とのこと。高橋亀吉賞は最優秀作、優秀作、佳作とある(ついでに言うと、僕は1991年第8回佳作入選者なのでした)のだが、当時は優秀作以上の論文が「週刊東洋経済」に掲載されたので、佳作論文の内容までは分からない。(どうしても知りたいと思う向きは、東洋経済に直接尋ねてみるしかないだろう)

彼女の勤め先は東京電力企画部経済調査室。といえば、もう明らかだろう。彼女は、そのパーティの3年半後、1997年3月に渋谷で起きた殺人事件の被害者その人である。

ここにきて冤罪の可能性が高まったことで、改めてこの事件がネットの話題になり、ちらほら週刊誌ネタにもなっているけど、今週のスパ!と文春の記事を見たら、何だかしょうもない内容だった。まあ当時からこの事件は、物書きの意欲を刺激していたのは理解できる。でも、本人を直接知ることが不可能になった後に、その真実を理解しようとする試みには限界があると感じられる。例えば「総合職女性社員の挫折」という分かりやすいストーリーを作って、そこに社会の歪みの現われを見ようとするのも行き過ぎじゃないかと。

おそらく、生前の彼女を一度でも見たことがある人は、彼女の人格と人生に、一般人の安易な共感や下手な思い入れが許される余地などまるで無いことを直感するだろう。当時の週刊誌で目にした「不吉な感じのする人だった」「彼女が死んだと聞いて自殺だと思った」という周囲の人の言葉には、素直に同感した。件のパーティで見た彼女からは、他人に関心を向けるという人間の自然な心の動きが明瞭に感じられない気配がしたのだ。

結局、あの事件は大部分、被害者本人の資質や経験に由来する、ひどく特殊で病的な出来事としか了解できない。心理学者から示された「自己処罰」という言葉を使えば、他人には理解不可能な固有の事情から、彼女は際限のない自己処罰の道に入り込み、その行き着く果てに命を奪われた。それは、結果的に殆ど必然的な道筋、もしかすると彼女の「本望」だったのかも知れないと思うと、その救いの無さに慄然とする。他の道は無かったのか・・・しかし残念ながらそれが彼女の人生だった、と思い直すほかない。

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