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2011年7月18日 (月)

小出先生の本を読んだ

反原発一筋40年の研究者、小出裕章・京都大学原子炉実験所助教。この連休は、小出先生の『原発のウソ』(扶桑社新書)、『原発はいらない』(幻冬舎ルネッサンス新書)の2冊を読了。以下は『原発はいらない』の「第四章」「あとがき」からのメモ。

原子力発電はエコなどではなく、放射性物質という毒物を生み出す機械にすぎません。

私は即刻、原発を廃絶することを求めています。原発の即刻廃絶のためには、火力発電をフル稼働させることに尽きます。さらに私自身が思うのは、「たとえ電力なんか足りなくなっても、原発はやめるべきだ」ということです。

私は以前から、日本人のエネルギー消費を現在の半分、6万キロカロリーにすることを提唱しています。ほぼ1970年代の消費レベルです。今日の省エネ技術は70年代よりはるかに進歩しています。たとえ6万キロカロリーでも、70年代よりはるかに豊かな生活が可能です。贅沢さえしなければ、十分に命を維持し、人間的な生活を送れるレベルと言えます。

(政府、電力会社、経済界などが)まだ原発を再稼働させようとするのはなぜでしょうか。その理由は大きく四つあります。
①独占企業である電力会社は、原発を作れば作るほど、稼働すればするほど儲かる仕組みになっている。
②原子炉の製造を三菱重工、東芝、日立などの大企業が担い、そのまわりに「原子力村」の住人である政治家、官僚、地方自治体、関連企業が群れ集まり、原子力利権を分け合う構造を手放すことができない。
③「原子力開発=核兵器開発」であり、日本の政府は一貫して核兵器をいつでも製造できる態勢を維持することに努めてきた。その国策を、「たかが原発事故」くらいで変更はできないと思っている。
④悲しい事態だが、原発交付金、補助金などによって財政の首根っこを押さえられている地方自治体は、雇用の問題もあり再稼働を容認せざるを得ない。
④にはわずかに同情の余地はありますが、他の理由については論外です。

・・・重大事故が起きてもなお原発推進にこだわる国は、核兵器製造にこだわる国のように愚かだと思うよ。

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